最近、クジラが出てくきます。
細田守さんの映画何本かみたのですが、くじらが出てきます。
面白いのは、ある話では、『幸運』を授け、ある話では『闇』に取り込まれます。
人間からすると、大きくて一見動きが遅いようなイメージもあり、畏怖を感じますね。
多分、実際は体が大きくてゆっくりに見えるけど、結構速い。
昨日は、YouTubeで『鯨神』という映画が出てきました。
白黒なのでかなり昔かと思われます。
妖怪映画という紹介でありながら、タイトルは『鯨神』、神様やないか〜笑
紙一重というか。
紹介は現代の方がされているので、現代の紹介者からは『妖怪』にみえ、その時代の映画監督としては、おそらく『神』を表現したのだと思います。
『妖怪』と『神様』何が違うのでしょうか。
エネルギー的には『神様』の方が、粒子が細かいイメージといった感じでしょうか。
どちらも生きている人間の信念体系によって、その存在を維持していると言った面があり、人間がどんなイメージで信じるかということで、見え方が変わることもあるように思います。
仏教ではよく、〇〇の化身という形で、表現されているのも、そのエネルギーが持つ多面性、複雑さを表していると感じます。
『鯨』は、妖怪ですか、神様ですか。
『鯨』は、鯨です。
『妖怪』だと言って、身近に感じる人もいますし、『神様』と言って、自ら遠い存在にする人もいますから、人それぞれですね。
…
ところで、『妖怪』は、人間が感情をコントロールするための方便という考え方もあります。
これは、対象を『神様』にして、後々の教訓とすることに近い、人間独特な、人間だからする工夫、行為とも言えます。
現在も、『アイドル』を神様として崇拝し、生きる力を得ている人々もいます。
『アイドル』に全てを捧げることで、エネルギーが入ってくるのです。
周りから見て騙されていても良いのです。
本人は多分とっても元気に今日も仕事ができます。
話がずれた笑
台湾だったかな。
ここにも、『妖怪』という文化が残っているようです。
何かされたときに、小鬼がいる!「がっ!」と言って、祓うというようなものです。
これは、悪い流れやエネルギーを断ち切ったり、書き換えるイメージでやっているのですが、一旦自分から断ち切る表現をすることで、客観的にして、その現象を冷静に受け入れるということを感覚的にやっているのではと思います。
『神様』に祀られている存在としては、大きく『自然(山、岩、森、水であったり)』『元人間』。
その境が分からないことも多いですが。
祀るにしても基本的にはエネルギーが高いところ。
分かりやすいのは、山、湧水、大きな岩=エネルギーが溢れている