自由意志を大事にしようとして、
誰かの意志に介入してしまう。
それを押し付けようとしてしまう。
思い通りにいかないことを力づくでやろうとしてしまう。
…
自分の意思と違うような現実があるから、押し付けてしまう。
ということは、そういう現実を作り出してしまっているということ。
なぜ?
それは、自分自身がそういう状況にあると感じているから。
『法律』
これに対しての違和感が、そういう現象を作り出されている。
なんとも厄介なことで笑
究極なところでの『問い』のようにも感じる。
そこにフォーカスをしない、しすぎないということが大事なんでしょう。
こうでないといけないというものを扱っていることと本当はそうではないということの矛盾をどう受けて流せばよいのか。
しかしながら、これが現代文明で生きることでもあるので。
まずは、その『法律』の恩恵を受けようとすることを捨てることなんだろうな。
受けることが悪いということではなく、中心がうけようとする心になると、虚無に向かう、誰かのコントロールにのるということ。
コントロールしようとすることをやめた。
追記
『法律の恩恵を受けることを捨てる』というより、その恩恵を受けていることを『認める』ということでした。
つまり、『恩恵を受けていること』を認めないで、『法律』を主張するというのは、アンバランスというか、ズルいなぁと思いました。
『法律』に関わらず、物事には「良い」「悪い」面の両方がありますから。
フォーカスし過ぎると、自分勝手なことばかり気になってしまいますね。