時々、思い出す言葉があります。
仕事とは何か?と問われたときに養老孟司さんの回答です。
『道に空いた穴を埋めて、他の人が歩きやすいようにするのが仕事』
なるほどと思って今でも覚えています。
若干ニュアンスが違うかもですが。
それからこう続けます。
仕事の不向きについて
『誰が(人の)解剖に向くんだよ』
(死んだ人を解剖して、その死因を研究する仕事)
確かに!?
解剖に向く人って、どんな人やろと。
…
重要なことは、
「やりたいこと」「使命」「役割」という『穴』の方に引きずられるのではなく、「他の人が歩きやすい」ということをどう捉えるかということが主であるということです。
『穴』はそこら中にあります。
介護、医療、保育、運送関係の仕事は、人足りてません。
就職活動では、大企業に人は集まります。
「他の人が歩きやすい」というのは、どういうことだろうか?
一昔前であれば
医者がいない田舎に診療所を作る、医者になる。
学校のない村に学校を作る、教師になる。
目に見えてわかりやすかったです。
でも、今は『物』は、溢れています。
そうすると、「他の人が歩きやすい」ように埋める『穴』とか何か?と。
現代では、この「他の人が歩きやすい」の意味も変わってきているように思います。
『物』としての道は、どこもセメントだらけで余程の農道に行かなければ、もう舗装されています。
『物』でない道とは何か?
「他の人が歩きやすい『物』でない道」とは、その人の人生、運命ではないかと思います。
人生の道をある歩きやすいように『穴』を埋める。
その『穴』とは?
『物』ではない、目に見えない穴とは何なのだろうか。
それは、『人とは何か?』という問いを投げかけるということ。
で、その問いは、私という人間にとっての一つの解(かい)、生き方で伝えるという以外にない。
そういう時代なんだと思います。