う〜み〜は〜ひろい〜な〜
おおき〜い〜な〜
っと。
突然頭に流れました。
同じ場所で生活をしていても、視点次第で気持ちの持ちよう、意識が変わります。
仕事、仕事と思って歩いていると。
綺麗な宇宙や季節の花、雨の匂いに気づかなかったりします。
仕事、仕事と思っていても、あれっ昔となんか違うなって、落ち着いているなと思うこともあります。
目の前に確かに大変らしいことが起きているのですが、終わることを知っているという感じでしょうか。
あとは、みんなが大変だね〜という状況に対して本当にそれって大変なの?何が大変なんだろう?という疑問を感じることもあります。
確かに、物理的な作業が多かったりすると疲れます。頭を使うと疲れます。
その『大変』という相手の言う不安と体や頭の疲労が、昔は当たり前にセット、イコールだったのですが、そのなんていうか、当たり前が乖離し始めているような感じです。
非常に分かりにくい文章ですね笑笑
昔は、みんなが共通認識として持っていた『不安』『大変』が、それぞれで違ってきているように思います。
在宅で働くと言うことも昔はあまりありませんでした。
でも、今はそう言う働き方もあるよねと言う風になっています。
あれもあるよね、これもあるよねということが、増えてきました。
これは、ある意味不安を煽る集団心理が働かなくてなっているような状態とも言えます。
末期の民主主義の影響と言いますか。
良くも悪くもフラットになってきました。
何かが終わりを迎えている。それは、何かが始まっているということ。
その何かは、現代の人間の文明の形式といいますか、制度のようなもの。
あなたも正しい、私も正しいが、両立する。
そこに、外側の空気感というか、雰囲気というか、縛りのようなものは、力を失い。
そのようなフラットな中で、自分で想像し創造する。自らを信じる。
ということが、当たり前になっていく。
昔から大事だとされていることでもありますが。
視点は上から、内側からというのが、同時にある。
つまりは、全てが自分ということなんですけど。
そういうことなんだろうなぁ
…
自ら想像して創造することが、なかなかできないと思い込んでいる人も多いですが、少しずつでいいんじゃないでしょうか。
焦るということは、外側に何かを見てようとしているからで、想像の元である内側からではないようで、しかし、そういうときもあっていい。
まあ、あまり先のことばかり考えず。
いろんな視点を感じながら、調節していこうと思いました。