身体を仕組みを教えてくださる方が沢山いらっしゃいます。

いつもたくさんのことを教えてくださり、感謝しております。



あと、私が通っている『井本整体』の先生にもいつも教えてもらっています。



非常に面白いのは、皆さん共通して現実的で、かつ目に見えないこころの部分を扱っていること。

地に足がついてる感じがします。

軸が自分の方にあるんですね。

ご本人たちからすれば、身体のことも心のことも繋がっているという何かを掴んでいるので、どちらも現実的な話なのです。


私がお世話になっている整体の先生も何かもう、仙人みたいに達観している感じです。


身体の仕組みの捉え方は、それぞれの専門部位によってさまざま視点から捉えられています。

それがとても面白く参考になります。

皆さん、話が宇宙や世界にまで続いてる感じが好きです。






私が、自身について体感したこと、考えついたことを少し書いてみたいと思います。


①骨盤の重要性
骨盤、特に仙骨は、神骨とも言われています。
背骨と内臓を支える土台という物理的な意味においても、クンダリーニでも有名な第一チャクラがあるという非科学的な意味においても重要な場所です。

魂はここにあるという説もあるようですね。

②背骨
骨盤から三つ上がったところの腰椎の3番目。
もちろん背骨は全部大事なんですが、背骨がその機能を果たすために大事なことは、しなやかにS字の描いているということです。

そこで骨盤、仙骨という土台の次に、私が注目したいのが、腰椎の3番。

ここは、内臓側に突き出て、S字を作ることが出来ないことが、骨盤(おしり)も下がり、背中も丸くなる要因の一つでもあります。
(要因は、常に複合的ですのでここだけが原因とは言えません、あくまで重要な箇所として抜粋してます)

で、ここのS字を作ることを

『腰が入っている』ということではないかと思うのです。

ここが、ちゃんとぐっと内臓側に出てないと、人は本来持っている力をうまく使うことができないのです。

それは、『肚に力を入れる』ということにも現れてきます。最近ここがやっと分かりました。

『肚(下丹田、第二チャクラ)に力がある』というのは、腰椎の3番がグッと内臓側に入ることで自然と力が入ります。

なので、単に下丹田の筋力をつけても意味がありません。

袴を着る機会の多い人は、気付くかもしれません。
腰の帯は、洋服のように地面と水平に縛ったりしません。
下丹田に力が入る様に横から見た時、斜めに縛っています。
これは、「腰を入れた」状態、そして丹田に力が入る状態を作り出しているのです。

あと、肚を切るのもここですよね


③胸(呼吸器官、心臓)
これもまだ掴みきれてないのですが、心臓があるということだけでも大事なことですが、呼吸器官としての肺があることも非常に大事であり、物理的な意味で、始まりと終わり、循環の起点、空(くう)を作り出す場所でもあります。
霊的な意味においては、第四チャクラ、ハートがありますが、第四チャクラということ以上に中心であることが非常に重要なようです。

分かりやすくいうと、自分の創造の点がここにあるということです。

それは、心がここにあるとかいうよりももっと物理的な意味において、ここがその人間の創造の始まりであることのように思います。



これらを掴む方法を『瞑想』や『祈り』、『祝詞』『般若心経』によっていた。

つまりは、『呼吸』と『音』によって、自らの中心を掴んでいった。


『祝詞』や『般若心経』は、言葉に意味がついていますが、今の訳は、本来の意味からは変わってしまったり、省略されてしまったりしています。

そもそも文字で伝えられてきたものではなく「音」で口伝が始まりですから。

音の正確性のほうが大事と言えそうです。

この二つは、内容は違えどどちらもおなじことを行なっています。

「祝詞」は、神に全てを捧げる。
「般若心経」は、自らの全ての否定。


つまり、滅私

滅私して、やっと『ここにある』ということがわかる。
本当に逆説的。


それを人類の叡智として「音」にしたものが、「祝詞」「般若心経」、海外で言えば、『聖歌』

「呼吸」にしたものが、「瞑想」や「祈り」


どちらも、周波数としての揺らぎと間、すなわち、空(くう)を連続的に、断続的に作り出している。

現代は、多くの人によってその種明かしがなされていると同時に、天然で扱っている世代がたくさん生まれています。


心臓の動きも、呼吸も自己固有の周波数とひとつ
ということですね。


④補足
骨盤と肩甲骨と頭蓋骨の後は、同じ様な作りになっていて、連動している。

どこについても、締めるということを大事にされてきた。

袴を着るとき骨盤を締め、袖をまくり襷掛けをするとき肩甲骨を締め、鉢巻をするとき頭蓋骨を締めるというのは、何か物事に取り組むとき、身体を引き締める重要性を自然と理解していたのだろうと思います。


これらを締めることで、姿勢が正され、血流、神経、リンパ、ひいては内臓の活性、腰の入った無駄のない鋭敏な動きと思考を可能としていたように思います。


書いてよいのか迷ったところは、削りましたが概ね吐き出しました。