『行動』と『主体』についての一つの解釈
111 正解!って感じだった笑
自分が何やったらいいか分からないっていう感覚。
何かやらなきゃいけないって思ってるというのが、『制限』になってるんですね。
何もしなくてもいい、してもいいということです。
何もしなくてもいいんですが。
例えば、来年はハワイ行きたいなぁ〜って思ってニヤニヤすれば良いのです。
それが、『行動』の端っこ、点をとりあえず一個置いてみたという感じです。
実家で過ごしたいなぁ〜でもいいし。
これで、点をもう一つ置きました。
どうやら、その点を置いて、その点の状態を想像してみるというのが、点から周波数を発するということであるように思います。
点はどこにあるのか。
それは、全て自らの中心ですね。
出来っこない。
時間がない。
どうやってやるのさ。
というのは、全てエゴですから無視。
でも、無視も難しい時ありますよね。
無視出来なくても良い。
エゴだって分かってれば。
昔から多くの人がやっていた事なんでしょう。
こうなりないということを想像してそこに向かうという行為は。
でも、それは『とても努力とか時間とかみんなでとか』そういうのが無いと出来ないと思わされてきたわけです。
努力をしたくなければ、しなくても良いんです。
したくなったらやっています。
努力は、外から見たときにそう見えるだけで本人にとってはそうではないことが多いです。
好きなことをしていれば。
テクニック的なものを身につけたい場合は、『努力』を意識することもあるかもしれません、
…
『点』を置いてみましょう。
半紙に筆を置くと、じわーっと広がります。
そんな感じ。
置いて、じわーっと
その後に何かしらの行動を起こすと、別の点と繋がったりします。
その別の点は、かつての自分の『点』であったり、似たような思いを持つ誰かの『点』だったりするんだと思います。
そして、人はいつも『点』を打っている。
無点にあらず