「行動」してみるというのは、大事なんだと思いました。

いつも物事を楽観的に見られれば良いのですが、不安になると取り込まれていくという感じがします。

そういう状態を抜け出すきっかけというのは。

①運動してみる
 体を動かすと気持ちが変わるというのは、よく言われることですが、本当にそうですね。

②誰かに話をする
 自分の立場をわかってもらえる人、助けてもらえる人がベストですが、自分の考えに頷いてもらえるだけでも違います。

③誰かを頼る
 これは素直になるということに通じますが、自分の至らなさを認めるということでもあります。
これができないと拗らせることが多いです。



何回も同じ目に遭っているんですが忘れてしまうんですね。

このことを体験していたときによく見る言葉が、『執着』でした。

つい昨日まで
『執着』しているものは、今の仕事なんだよな。
でも、これなくなったらどうやって生活するんだ

というところにいたんですが。

その時、『誰と仲良くなってもこういう目に遭う』という方のブログを見て、仕事の内容は関係ないのかもと思い直しました。


『執着』しているものは、
『こうあってほしいという期待』というか。
『これが正しいよなという自己肯定』というか。

目に見えないものなんだと思います。

まだ掴みきれていないかな。



自らの思考の癖だな。

思考の癖は、過去の経験を元に未来を想像しています。

必ずしもそんなことにはならないのに。

自らが望まなければ、それでも思考してしまう癖を人それぞれ持っています。

良いとか悪いとかなく、その癖によってうまくいくこともあります。


これは、昨日観たテレビの内容で、見つけました。

怖がりだったから、鍛えられたということもあります。

その『癖』が、その人の性格を形作っています。


重要なこと、その『癖』を客観的に、意識的にあることです。


こういう事態になると不安になって、こういうことを思考してしまうのが、自分の『癖』なんだということを自覚する、それができると少し現象が落ち着いてきます。

入り込まないということです。


この『執着』の真っ只中にいるとき、解決方法として『行動』という言葉を目にするのですが、このような状態における『行動』は、「新しい何かをしなくてはいけないものとしての行動」という解釈、捉え方をしがちです。無意識に

そうすると、今度は動けなくなります。

今、そんなことやってる場合じゃないよと聞こえた来ます。

でも、その行動は、何も新しいことである必要はありません。


外を歩く=体を動かすだけで少し変わります。

寝るというのも、変わります。

物理的にも、思考的にも、自分の体の中に溜め込まないというのが、大事です。


動くこと、喋ることで、その溜め込んだものが動いて、外に出ます。


『行動』は、真新しいものでなくてもよいのです。






昨日、夜中に目が覚めた。

どこかに行っていたような感覚、満たされた感覚で、あれっ昨日まで抱えていた不満が全くないということに気がつきました。

あのことについて囚われていたのに、全くない。

全くないという感覚

確かに覚醒して、起きていたのに。

この感覚はなんだったのだろうか。






『癖』は、魂にも、肉体にもあるように思います。

魂にあるものは、宇宙エネルギーとしての癖、傾向。
過去世、未来世で何をやっていたとか。


肉体にあるものは、地球の家系として癖、傾向。
背が高いとか、目が大きいとか、字が上手いとか、計算が得意だとか、手先が器用だとか。

骨格が、声の質を決めるように。


これからの組み合わせによって、個性は形成されています。


『癖』は、体の歪みのように、そのある程度の歪みがあることでエネルギーの循環の基礎となっているという作用もあるように思います。

重要なことは、その独自の『癖』に意識的になることです。

今、怖いと感じたら、怖いと感じたと意識すること。

悪いと思ったら、詫びること。

素直であること。

それが、『癖』を認めることになるように思います。