本当に誰かの役に立つことというのは、
『その人がその人らしく過ごすこと』
ではないかと感じました。
その人らしくとは、
『何かを目指してもいいし』
『ただただ生活をするでもいいし』
その人が、その人らしいと決めた、または見つけたことをすること。
そして、それをそのまま発信することが、本当に誰かの役に立つことではないだろうか。
概念としての言葉は、人の数だけ定義があり、分かった様な気になってしまいます。
私もそうですが、知識、思い込みが先行して体験が伴っていないこともあります。
概念を知識として、知ることも大事ですが、概念を知るというよりも、その概念を書かいたその人の体験の方がずっと役に立ちます。
「歴史」なら「歴史」の出来事を知るということよりも、「その時代を生きた誰かの体験、考えが書かれた書物を読むことで、その時代を知る」ことが、「歴史」を知るということであるように、その時代を生きた人の生の声、考えにこそ価値や意味があり、その結果起きた出来事そのものは、あくまで結果でしかありません。
その生の声が、何十年、何百年後の誰かの役に立っていたりします。受け継がれたという少なくとも現代までは価値があったということだと言えます。
つまり、自分の体験とその考えを語るということが、1番の発信になっているということです。
自分が体験したこと=自分らしいことを書いたものが、たまたま誰かの役に立つこともあるというのが、ちょうどいいのかもしれません。
そんなことを感じました。