過去にも一回書いたように思いますが、時々思い出すのは、『新たな言葉は生まれるか』というテーマで書かれた作品『オペレーション・ローズダスト』というものがあります。
今こそ、新しい言葉があっても良いのかもしれないなぁ。
すごく難しいんですけどね笑
以下の言葉は、何かを単なる『詩』で表現したいと思う私の欲求の理由、考え方を言葉に落とし込もうとした記録です。
既存の言葉の持つイメージ、すなわちエネルギーが、多くの意思によって用いられるようになることによって、可能性を広げることになるのと同時に、その存在が消費され、大衆化していくように感じるからです。
それは、多くの人に露見され、一見『悪い』ことではないように思うのですが、露見をされることで理解されているようで、その理解はされていないことが多いからです。
そうすると、その言葉は、確かに存在としてのエネルギーを持ちますが、ある時点から『消費』されている、つまり、エネルギーが落ちているようにも感じる現象が起きます。
その感覚は、使い古されてしまったような、過去のもののような感じでもあります。
その人にとってのその「言葉」の意味や重要性、エネルギーは、変わらないのですが、その言葉を発したときに相手が受け取るエネルギーが変わってしまったということが、わかるときに感じる感覚です。
古来の人は、その「言葉」の新鮮さというエネルギーを保つために、必然的にとってきた手段があります。
それが『詩』という表現です。
『詩』的な表現は、常にその言葉を発する人の独自の言い回しになりますので、一般的な言葉を使っていても、多くの人にとって、理解しにくくなります。
そして、この『理解にしにくい』というのが、実は非常に重要で、わかりやすい言葉はこれまで多くの人に使われてきたから、目にされてきたから、理解しやすいので、新鮮さが失われ、本当の意味で相手に考えさせる、立ち止まられることをしなくなります。
結果、この言葉、こういうときに使って、こういう感じだったなぁということになりやすい。
『詩』的な表現は、『理解しにくい』がために始めて発せられたときの『新鮮さ』を保つことができ、その『言葉』の思いのエネルギーによって時空を超えて人に届くという現象が起きます。
要は、新しい言葉とは、『自分独自な詩的な言葉』を持つという考え方になります。
新しい言葉の組み合わせとも言い換えることができます。
『愛』という言葉、それだけで凄い言葉ですが、それを「人間的な愛」、「宇宙的な愛」という風に組み合わせを変えたとき、人によっては、そのエネルギーの受け取り方が変わります。
他には「動物的な愛」「人間的な愛」この分け方でも、人によって受け取り方が違うし、うえで使った「人間的な愛」とも実は違う意味になります。
もちろん、全部同じ『愛』の上にあることですが、単に『愛』と言ったとき、何かを伝えようとして用いるとすれば、使い古されているが故に、誤解が生じやすいとも言えます。
誤解が生じても良いのですが。
もっと分かりにくくしていくと『死を伴う愛』『死を伴わない愛』という言い方もありますが、段々と理解がしにくくなってきましたね。
「死を伴わない愛」なんてあるんかい?ってつっこみたくなる人もいるかもしれない。
「死を伴う愛」なんかないでしょ?っていう人もいるかもしれない。
『死とは、愛の本体であるので、死を伴わない愛は、愛ではない』という言い方になることもあります。
現代まで残っている詩というのは、一回ではよく分からないけども、その言葉の連続に引き寄せられ何かしらの魅力があります。
それは、この著者が、何かを本気で理解しようとして、表現した結果出てきた言葉の連続であるからです。
もしかしたら、伝えようとしてでた言葉ではなく、自身が何かしらをなんとか理解しようとして、でてきた言葉が、ただ残っていたというのが、詩なのかもしれません。
そして、その『何かしら』は常に、自分を超えている存在へ対する挑戦というか、憧れに対するものでもあります。
分かりやすいもので言えば、哲学の原点である『人間とはなにか』という問いに対する答えは、多くの偉人によって表現されていますが、その答えは独特です。
人間が人間を考えるというのは、当たり前にできそうで、なかなか難しいです。
それは、人間を作ったのは、人間ではないからです。
人間は、人間が作ったものについては、一応説明することができますが、人間を説明するのに、これだけ色んな人が色んなことを言っているということは、人間が作ったわけではないからだと私は思います。
かと言って、宇宙人が作ったと言いたいわけではありません。
敢えていうなら、宇宙から派生した地球の自然によって作られたということぐらいしか分かりません。
その作られた人間が何のために作られたのか、というのは、『人間とは何か?」という問いの中でもとても難しい問いです。
多くの本を読む限り、共通するのは、「神が神を体験するために人間を作った」ということです。
つまりは、「何か」とは「神」のことです。
自分もまた神の一部でありながら、神を思考しようとする行為は、矛盾に満ちています。
その矛盾も含めて、体験するのが人間ということです。
最初から不条理、不合理であるとも言えます。
それが、宇宙でもあり、愛でもあり、光であり、全て。
はじめに言葉ありて