何もなくなるとき。

何かをしなきゃとか。

何かやることがあるはずだとか。

どうにかしなきゃとか。

変な焦りが出たりするものです。


もちろん、あとあとやることになるのでやった方がいいものは沢山あるんですが。


「何かしなきゃ」

「どうにかしなきゃ」

っていう感情はいくら慣れても尽きない。



その「何か」を見つめていくと。

今やってもしょうがないことだったり。

大して急ぎのものでもなくて。

「どうにかする」と言っても、今進んでいないことについては、相手の問題だったりします。


そうしてまとめていくと…

やることないなぁ


家でぼーっとしてます。



もう7月も終わりだというのに、涼しい。

子供たちは、夏休みあるのかなぁ

プールにはまだ早いし。

沖縄行きたいなぁ

実家にも帰りたいなぁ


そういえば、実家に帰っていたときは、いつも何もしてなかったなぁ。


昔からぼーっとしていた。

ぼけっとしていたというのが、正しいか。

小学生三年生ぐらいまでは、そんな感じだったなぁ。


何をやららたいとか、何になりたいとか、

そういうものがなく。

ただ毎日を何の疑いもなく生きていた。

知らない人に大きな声で挨拶するの、緊張するなぁとか。

朝寒いなぁとか。

ラジオ体操行かなきゃとか。

そんな程度で。


誰それが好きだ、嫌いだとか。

勉強ができる、できないとか。

あんまり興味はなかった。


だけど。

走れば速く走りたいし。

テストがあれば丸が多い方がいい。

それは、どちらかというと他人のどうのこうのより、自分がそうしたいということで、選んでいたのかもしれない。


いつもぼーっとしていて、程々にしかやらない。

無気力なようで、負けず嫌いなところもあった。

普段やってないから、勝てるわけないのに、負ければ悔しい。

でも、続かない。


子供の頃、執着していたようなことあったかなぁ。

無かったかもしれないなぁ。



変わった人と仲良くなったので、面白い人が好きなのかもしれない。

変人だと言われている人も話すれば、通じる、視点が独特なだけだったり。話を聞けば色々と教えてくれた。

ヤンキーみたいな人もオタクな人と同じゲームやってたり。ちょっと年齢規制を乗り越えちゃったりして、そういうのを体験しているだけ。

外国人の彼も中身は、子供で自分たちと同じだったり。

障害があった彼も、話せば伝わるし、教えてもくれる。意思の疎通は、言葉だけではなく、彼のしていることを真似れば、何をしようとしていたのか何となくわかった。

不登校になった彼も、会ってみれば昔のままだった。

怒る人は、苦手だった。
何でそんなに怒るのか分からないから。
とりあえず、従ってやり過ごした。



畑行ってこよ〜