これってこういう事じゃないかな〜とか。

そうなりそうだって。

思うとその通りになったり。



これなんとかならんかなぁって。

思うと解決する誰かやそういう事象になったり。


そういうことがあります。

驕るということではなく。

ただただ流れに合ったということであり、そういう流れであること、関わる人に感謝です。


『素直』に観られるかというのが、ポイントですね。

必要以上に反応をしない。

必要な反応とは、『今、私は怖がった』「過去の〇〇を思い出した」という反応があった時に、それを眺めるということ。


それが、出来るための方法が、昔風に言うなら「肚を決める」ということ。


なんてことを書きながら、いま書きたいことは、『大丈夫』の効用だということに気がつきました。




『大丈夫』というのは、自分に言い聞かせるものでも、相手を慰めたり、励ましたりするものでもあるんですが、ある一定の人が言う『大丈夫』には、とてつもない威力があることに気がつきました。

それは、『全てを覚悟した人の大丈夫』です。


それらの人達は、多くを語りません、私や自身の全てが観えているわけでもありません。
ある程度観える人いますが、「全て」は無理です。


彼らの大丈夫は、(あなたや私に何があったとしても)大丈夫と言う意味で言っています。

それは、あなたに対する信頼であり、私へ自身への信頼でもあります。

確証はありません。


そう、大丈夫には科学的な確証はないんです。



逆説的ですが、証明できないのに言う大丈夫だからこそ、価値があるとも言えます。

死んでも信じ続ける意志が、その大丈夫を支えているように思います。

大丈夫です👌


いろんな経験した人から言われる大丈夫に安心するのも、この辺りに理由があるように思います。