『人は、認識できないものの影響をなぜ受けるのか』
そして、『ある一定の人は、過酷な中でいても影響を受けないのはなぜなのか』
その人の持つエネルギーと合うから、共鳴するし、干渉するし、影響する。
その人の持つエネルギーと合わないから、共鳴しないから、干渉しないから、影響しない。
言葉にするとそれだけのことなんだけども、
『認識』してないつもりなんだけども、影響を受ける。
『認識』してなければ、現れないはずなんだけども。
うーん
視点を変えて、高次の存在が我々にアクセスするとき、人によっては、人であったり、人外であったり、光だけだったり、景色だけだったり、声だけだったりするわけだが、それらのどれが正しい、間違いということはなく、高次の存在のうち、当人の中で比較的強い傾向のある振動に合わせて、というより、その振動「で」高次の存在の一部をキャッチしている感じかな。という風に思う。
80次元の存在であっても、その人の今のアンテナが10次元であれば、それ以上はキャッチできない。
あーそうか、振動の『認識』ということかな。
『認識』『観測』の捉え方そのものを改めないといけないな。
やはり、まだ「目で見ること」を「認識」と考えていたようだ。
その人が持つ波動、振動、エネルギーが、目に見えなくとも何かと共鳴し、干渉すること自体が広義の『認識』という行為なんだ。
私は、食事の際、何の添加物があるかまでは視覚的には『認識』していない。しかし、エネルギーとしては『認識』している。
それは、残念ながらまだ私の体のエネルギーとしては、体の中の菌などの微生物のエネルギーとしては、添加物と干渉し、共鳴する次元にいるからだ。
言うなれば、3次元。
みんな3次元なんだけども。
同じ物質でありながら、一つ上のエネルギー状態、次元にいることができれば、干渉しない=エネルギー的に認識しないということだろう。
同じ物質でありながら、一つ上のエネルギー状態は、励起状態として、実際にあり得ることです。
これも、物理学の波動関数で表されるものですが。
一定のエネルギーをかけると、高い状態に移行する。
しかし、中途半端なエネルギーだと、その一定に届かないので、もとのエネルギー状態に戻るのだ。
なんだか、人生みたいだな笑
ただそういう同じ物質でありながらポテンシャルとしてのエネルギーが高い状態を励起状態という。
励起状態になるための方法は、エネルギーをかけるというのが基本であるが。
人間の場合は少し異なる。
人間の場合は、自らエネルギーを作り出せるからだ。
つまり、内側からの負荷(内観)によって、本来の励起状態の自分を取り戻すことが可能。
仏教でいうところの
『一切諸法は、自性清浄なるがゆえに…』
という視点。
もちろん外側からのエネルギーでも良いのですが、どうも外側から出来ることは、限られているように思う。
もちろん、一人の運命を動かせる人もいますが。
そういう方であっても、『自由意志』をとても尊重されています。そのギリギリのところで、自らが気付くための方法を提供してくださっているように感じます。
いわゆるテクニックやきっかけ、ナビといった感じでしょうか。
その『自由意志』こそが、想像し創造する力の源。
自らが『ゼロ』から発するものの力こそ、創造。
もちろん、背中を押してもらってもいいんですよ。
それも『自由意志』なので。
…
しかし、エネルギーの干渉、そのものが『認識』だったのかぁ〜
当たり前って言えば、そうだけど。