つい2日前のことだったかと思います。

朝、起きようとしているときに、

「忘れちゃいけない」

『忘れちゃいけない』

という衝動があった。



結局、一旦忘れてしまったんだけども。


いつもお世話になっている方のブログを見て、やっぱりそうなんだと思い、その時にもう一度思い出したように思います。


一つ目は、何でも思ったことを全力で言ってしまう自分、全く悪気もなく、事実として悪いことは何もない。すっごいスッキリしながら喋っているそんな感じ。


二つ目は、その日の前日に記事にしようと思っていた内容にもつながるようなもので、その記事は、あげないかもしれませんが。

突き抜けるような感じでした。

「何が」というと、支配とかコントロールとかそういう重いもの、粗いものから、多分この辺りのことを「忘れちゃいけない」と思っていたのですが、具体的なことは分からず。


「上を仰ぎみる、そこに向かう、それが可能だ」

っていう話。

かつてのこの世界では、いずれの神話においてもあるエリアからあるエリアへ「堕ちる」という風に残っている。

神話というのは、今の人類の始まり、またはその一つ前の文明ではないかと思っています。

この辺りのことは、『風の谷のナウシカ』を読んで感じたことですが。

手塚治虫の『火の鳥』もそうですね。『神話』の話です。


で、その『堕ちる』を覆すのが、今と言える。

私はそれを6月6日の日に感じた。


『堕ちてきた』人間が、『仰ぎみて昇る』。

別の人は、上の世界が堕ちてくるという風にも見るかもしれない。


しかしながら、自分の世界のあらわれとしては、共鳴するかのように、周りの方が同じような内容でメッセージをくださるので、多分そういうこと。

自分が抜けたとか、そういうことではなくて、今感じているところでは、変わったという感じがあって、それがその日に目にしたブログと同じだったということを言ってます。

何なのかはわかりません。

あと、6日は、「6」のエネルギー、イメージが強かった。

6月6日なのだから、当然なんですが。




ここしばらくよく寝ています。
妻もものすごく寝ています。


寝ている時の方が仕事しているのでは?

というぐらいそちらの世界にいます。(覚えてませんが)


私の場合は、起きている時の仕事は、もう全部自然に解消していくということがわかったので、あるがままに。

目に見えない世界でのやりたいことがあったようで、そちらが少々厄介でしたが、やれることやっていたところ。

結論は、
①『問題』に執着しない。
  相手や問題だと感じることに集中したり、エネルギーを注がない

②『現象』そのものに意味はない。
 私の思い、波動が先なので、その目の前の現象は、その相手が共鳴する部分において表してくれているということ。
 私とは、肉体としての家系の振動とたましいとしての振動。
 自分でないものの解消をしている感覚がある場合は、意味づけするとすれば家系としての自分の系統の波動とも言える。

③瞑想と呼吸
 呼吸を整える手法が、瞑想であり、イメージ。
 呼吸法の極意は、一つだけ。自らの宇宙とつながること。
 あとは、自分の中のどういうエネルギー体にコンタクトしようと思うかという、これもまたイメージです。(言葉と音と想像)
 分かってもすぐにはできませんけどね笑

 これを続けていくと、統合ワークや書き換え、仏教の瞑想が全て同じもので、イメージと呼吸であることがわかる。

『どこを意識して何をイメージして呼吸をするか』

 どこをイメージするのかということは、多くの人が答えを言ってますが、それは体感しないと本当にどこなのかはわかりづらい。

 できる人は、生まれ持ってできている人、事故により体感して気付いてしまった人もいますから。教えられない。