すっかり時間が開いてしまいました。


ナウシカを読んでいて、感じたのは、最終巻に向けて、どんどん思想や哲学的になっていくということでした。

漫画の中での話が、会話になり概念化して抽象化していくと、読んでいる側は、「分からん」となる人もいるかもしれないが、ここまで読んできた人であれば、宮崎駿は何を言いたいのかということを知りたいという欲に勝てないと思います。

なんて10年ちょっと経ってますからね笑

そうすると、その抽象化された表現を理解しようとしたとき、読者は自分の経験、すなわち現代の実情と照らし合わせていく、または宮崎駿の生きていた時代を想像したりするという作業をします。

彼の作品を観ていると、その時代の人独特の文化として、文学や哲学書を読んでいるので、そんな言葉が散らばっているのもわかる。

というか、読んでないで描いていたとしたら恐ろしい。


私も誰の言葉を引用したのかまでは、分かりませんが、聞いたことがある言い回しがあったりしたことに気が付きました。



で、ここからネタバレになります。
30年前の作品ですから、勘弁してください。


気になったこと、言葉について書いてみたいと思います。


「闇にかえれ」

光が主ではないということ、闇の中にある光が生命ではないだろうかそういう問いかけ。

旧生命体が作り出した文明としての結晶、墓所の主が、自分たちを光だというその傲慢さにナウシカは怒っていたように思います。

この辺りの流れの描写がとても、人間らしい。
人間らしいというのは、ナウシカの言葉いうと『苦悩』がある、そして、それは『混沌を抱えている』とも言えると思いました。

「精神は苦悩の深さによる」

森の人は、オームを神聖なものとして観ていた。
それは間違いではない。しかし、彼は苦悩した。
それは、旧文明によって意図的に創造されたということについて、人間に創造されたものを神聖視していたことに苦しんだのだ。

でも、本当のところは、旧文明が創造したのはあくまで浄化装置としての、ものとしてのオームであり、それは森の人が神聖視していた浄化という行為と意識があるという2点のうち、浄化装置の部分だけであり、旧文明はオームの意識までは作り込んでいない。

このオームの意識こそが、森の人が神聖視した理由であるのに、流石の森の人もぐらっとしたシーンがあって、とても精妙な人間らしさ、理屈で分かってはいても、苦しいという感情が表現されているように感じました。

で、ナウシカが、墓所の主を傲慢だとする理由もここにあるように思います。

墓所の主は、オームの意思まで作り込んでいないということです。

作り込んでいないのに、意思が芽生えた。

これはだれがやったの?
お前らそれ分かってんの?ってこと。

しかも、オームはその意思を共有している。集合的無意識で繋がっているとも言えます。
そのオームの声こそが、地球の意識、神がいるとするならば、光があるとするならば、彼らの意志こそが光なのだと、そう感じました。

なので、結果的にオームを神聖視する森の人の思想は、そう間違いではなかったわけです。
浄化という行為は、意図されものですが、その行為に宿った意思があるのです。


オームの意思は、怒りもある、けれどどこまでも慈悲深い。
どんなに人が愚かでも全てをの人間を殺そうとはしない。
汚染があれば駆けつけ。仲間に何かあれば助け。
怒るときは怒る。分かる人には対話する。
ただただ地球からみた全体のバランスをとり続ける。

慈悲深いように見えます。(あくまで、人間から観てですが)
だって、オームが人間を全部浄化すればもう汚染はないんだから、そのあとでゆっくり浄化できます。オームに時間の概念はないですから。
でも、そうはしない。もちろん物語が終わってしまうからというのもありますが笑

時間の概念がないのだとしたら、オームは、そもそも人間をそれほど相手にしていないとも言えるような気がします。


「苦悩」がない、光だと言い切る墓所の主は、さながらAIの様だ。しかも、時代遅れのAIである。
AIであるのに、学習することをやめてしまったのは、旧文明の人間の傲慢さを色濃く詰め込まれたからだろうか。

世界を汚染して、地球を自分たちが住めないぐらいの状態にして、それでも作り直せば良いという諦めの様な、開き直りの様な結論に至ってしまった人間の狂気を。

「壊れたらまた直せばいいと開き直り
身勝手なこの安息の世界に居座り続けたんだ」
(赤い花.ラストアライアンス)

ちゃんと滅んだ方が良かったように思ったりもします。でも、必ず少数、冷凍保存して生き残りたいという人間もいます。
だから、その時代のすべての人間が愚かなのではなく、極少数の肉体に固執した人たちの結晶がたまたま長く機能してしまったということなのかもしれません。

そういう少数の人間によって作られた旧文明の知識(叡智ではない)が、ナウシカの時代の文明すらも、振り回したというのが、この物語なのではないかと思います。






宇宙の光とは何なのだろうと考えてみたところ、言葉にするなら、闇そのものが宇宙の光ではないかと感じました。
光という言葉のイメージが、明るいので分かりにくいですが、光を高振動と言い換えたらどうでしょう。人には認識できませんね。
人間の可視光は、440nmから700nmでしたっけ?

明るいとも暗いとも分からないんです。

本当の光は、人間からは見えないので、全て闇とも言えます。