崩壊と解放どこか似ている。
これもどちらから見ているのかという事でしょう。
地球が崩壊しているように見えるのなら、崩壊。
宇宙へ解放しているように見えるのなら、解放。
ほうかい
かいほう
…
大昔の宗教が、その信仰や修行の激しさの中で目指したものは、肉体の崩壊であり、魂の解放であったような気がする。
魂の解放は、救済という言い方もされる。
折角生まれてきて何で肉体を崩壊させるんだ?
今生きている人には、理解できないことなのかもしれない。
3次元まで波動を落としてきた神、宇宙人、エネルギー体、我らの魂は、そのほとんどが記憶を忘れてしまう、忘れてしまうことで、一つであった「私」を「神」と「私」に分離し、「私」は「神」であるところの自神を認識したと考えられる。
人がその本分を忘れてしまったことが原罪、神の意識に還ることが救済ということなのか。
葉室頼昭さんの神道の考えでいうところの宇宙や神を思考または体現するために生まれてきたのが人間であるとする考えとも一致する。
この辺りは、昔読んだ『神との対話』『人生の意味』なんかでも同じようなことを言っていたような気がする。
この分離が統合や融合という流れに向かっている、ワンネスということに気づき始めているという現象は、宇宙の呼吸の臨界点のように感じてならない。
回帰の現象。
26000年前にも同じように、フォトンの光(アセンションの時期)に突入していた時期があるということが言われていることからも、何度か繰り返しながら、この臨界点を越えようとしているということを感じとれる。
この頃にシフト仕切らなかったのは、何らかの理由があって、しなかったのか、できなかったのか、よく分からない。
地球の意思は今を選んだということか?
誰かがさせないように動いていた?
外側からの介入ができなかった?
色んなストーリーが考えられる。
その全てが正しく、また間違っていることでしょう。
今の人の思考が、理由として構築されていたとしてもおかしくはない。
そういうストーリーを欲すれば、過去はそういうことになるわけです。
…
崩壊と解放は、同じ作用の中で起きる。
AとBという分離があって、それらが出会うとどうなるか?
もともと同じものであったものが、出会う。
全ての人は同じもの=宇宙の塵からできているわけだから、もとは同じもの。
出会うと触れます、ぶつかることもあるでしょう。物理的に言えば、触れるだけであっても、魂レベルで見れば、コーザル体まで入れれば、その半径は相当広いので、触れているのではなく、ぶつかっていると言えます。
ぶつかった時に人が見せる反応としては、「いってぇなぁ〜」というものがあります。
そう、ぶつかったら痛いんです。
物質がぶつかった時に、痛くない時があります。
それは、相手より自分の方が圧倒的に硬い時です。
像が蟻を踏んで痛がるか?
(どっかの漫画の貴族がいいそうな言葉になってしまった…)
ぶつけられた方はたまりません。
崩壊します。
でも、魂における崩壊は、物質のような崩壊はあり得ません。魂は死なないんです。もう少し言い換えると魂は消えない。
水が、どんなに暑くても寒くても形状が変化して消えたように、違うものになったように見えても、水であり続けるような感じですかね。
電気的に分解さしたら、ダメですが笑
(水素と炭素の結合エネルギー以上のエネルギーをかけて分離させること)
魂消えないとしたら、その崩壊は何が崩壊したのでしょうか。
体でいうところの凝り。
霊的にいうとカルマ。
肉体的な本能でいえばエゴ。
と言ったところでしょうか。
もともと自分だったものの偏り、麻痺していたところがほぐれるというのが、魂での崩壊であり、気づきです。
同じぐらい状態の人間であれば、両方にこの崩壊がおきると考えられます。というか同じぐらい状態、位相、次元、波動、周波数でないと、お互いを認識できないので、ぶつからない。
同じぐらいの状態だからこそ出会い、そのことに気付けるわけです。
同じぐらいの状態でなければ、魂がすれ違ったことにすら気づけない。
これは、量子論でいうところの『認識』の問題です。
認識出来なければ、いないのと変わらないからです。
同じぐらいの状態の人しか、その人を見つけることも見つけても会話が成立することもない。
…
ほぐれた時、そのほぐれたところとそれ以外がもう一度繋がる過程が融合、その際にエネルギーを発したり、欲したりします。
そうしてしばらくしてそれすら忘れてしまった、自分になってしまったのが統合ではないかと思います。
解放は、融合の過程における発するエネルギーという感じでしょうか。自分だったもののをエゴから取り戻す、思い出すということも解放と言えますね。
自分で書きながら、自分の中ではだいぶ言葉が整理されてきました。
私の思考過程を言葉の出るままに書いているだけですので、今後変わることもありますが、今はここまでということで、壮大な独り言でした。
失礼しますm(__)m