大体、月に二回程度体の調整、整体に行っています。

その先生の整体を受け続けて、半年以上ですが、食事療法を取り入れた時と同じような変化が起きていることに気がつきました。


食べ物について、その代謝や影響を調べ試していくと体が変わってきました。
そうすると心が変わってくる。

変わってくるというより、本来の柔軟性を取り戻すという感じでしょうか。

それは、体を物理的な運動として整体を受けたときも同じく、体を整えて、心を整えるという感じでした。


体の軸を整えることと心の軸を整えることは、同じ意味があります。

また、これらは同時に出来上がっていくという実感があります。


そしてそれを取り戻す方法も同じ理論で、「押すと引く」ということです。


棒を立てて軸を得るときは、前に押したり引いたり、横に押したり戻したりして、バランスをとりますよね。

先生は、体の必要なところにピンポイントで押すと引くを数カ所行います。それだけです。
しかも、直観で、先生の言葉だと『勘』だそうですが。

先生の流派でいうと「押すと引く」によって『間』を作っているという考えだそうです、それは『空』であり『無』、『ゼロポイント』を作っているということでしょう。

私の弱いところ、力が失われてしまったまたは力を取り戻す元となるところにこの「押すと引く」で『ゼロポイント』をつくり、エネルギー呼び込むというか、宇宙の始まりの原則であるところの『真空』を発生させているのです。

そうやって私の軸を取り戻すための『幅』を作るきっかけを与えてくれます。これも先生の言葉です。

その『幅』に今度は私が自分で日常的に『押すと引く』を行い、軸を取り戻していきます。


『軸』があると様々なことに耐えられると、先生は言います。

耐えられるとは、受け切れるということです。

風邪なども数十分で熱がでて終わりだそうです。


一見、悪いとされる病気も体の反応であり、本来は受け切れるものも多いと言います。

でも、それをいうとお怒りになる方もいるので言わないそうです。

現代の西洋医学が正義とされる世界で、体全体のバランスからみる整体の真髄は、危険思想なのかもしれません。




心もまた同じで、「軸」があると、様々な現象を受け切れます。
車に跳ねられるのと同じで、圧倒的な事の前では受け切れないことももちろんあるのですが。

他人から言われたことに堂々と返すのか、返さないのかという反応自体は、どちらでも良いのです。

自分にとってどちらがよりふさわしい態度であるかということが大事であって、その結果を問わないという姿勢、つまり自己責任でするということです。

他人から言われた時点で受けています。

あとは、受け『切れる』というのは、自分の中に消化するのか、味わった上でいらないと吐き出すのかということです。

もんもんと考えてしまうというのは、未消化な状態とでも言いましょうか。

お腹にガスが溜まって、その毒でやられてしまいます。

言葉で理論を口にするのは簡単ですが、それを実践するには、難しい、やってみるしかないのです。
なぜ未消化なのか分からない、分からないから自分らしいと思うことを考えてやってみるまたは、やってみないという選択をしてみるわけです。


仕事をやっているとそういうことが、日々あります。

ですが、そうやって「軸」はできていくのだと思います。






あとは、回転理論というのもあります。

回転すると駒のように軸ができるからです。

これは、心の底からやりたいことをやりたいと認識することもなく没頭していたとき、発生するような気がします。

運命の回転が始まるのです。


でも、『軸』は、体であり心でもあるので、それらを整えなければ、結局は自らの回転による遠心力と斥力でその「軸」に一欠片のひびが入っただけで、砕け散ります。

内に内在するエネルギーが強ければ強いほどに。

この辺りが運命の難しいところであり、楽しい感とじるところでもあるので、悩ましいことです。


何事もほどほど