『無』『空』『間』が、同じものだなぁと感じたので、並べてみたんですが、「無空間」になってました。
『無空間』って言葉、すごいなぁと。
自分にとっては、全部同じ本質の漢字が三つ並ぶ。
そんでもって、『無空間』という意味ありそうで、何も無いというね、なんというんでしょう。
面白くなったなぁ。
考えてみれば『空間』という言葉自体、意味あるようで、『空(から)』と『間(あいだ)』のこと言ってるんですから、何もないということを言っているのに、そこにさらに『無』をつけるとどうなってしまうのか?と考えると、『空(から)』の『間(あいだ)』が『無(ない)』というのは、何もないことも無いと否定するわけで、最早禅問答ですね。
空間が無くなるとどういうことかわかりますか?
私は、毎度の事ながら、今これを書きながら、飛び出てきた言葉『無、空、間』を捉えて、次の言葉を紡いでいます。
今、閃いたのは、やはりというか、『点』だろうということです。
空の間が無いと、それは『点』でしか無い。
それを、あえて『点』と表現しましたが、『無限』でもあります。
あー、また違った思考が入ってきた。
経営とは、『真理の追求』であり、経営状況は、その経営者の心の繁栄である。
つまり、いくらAIが発展しても、それを扱う人の心が肝要だということで。
その人の心に安心がなければ、落ち着いた経営になるわけはない。
著名な実業家の殆どが、何らかの信仰を持っていたことを考えると、『経営』という本来の言葉の本質に立ち変えざるを得ないこと、経営者の心のありようが経営の根本であることを証明している。
これを『点』と『無限』で言えば、実業家本人が『点』であり、実業が『無限』。
『点』揺らげが、『無限』に広がる。
『点』と『無限』の『間』が、『空間』なのでは?と思われるが、『空』ではない。
『間』のように思ってしまうそれは、全て『点』の一部であり『無限』であるので、『空間』とは、即ち『幻想』と言える。
日本人がなぜ『間』を大事にするのか。
対象との『間』はないことを知っていたのではないかと思われる。
だから、『間』を大事にするんですね。
これもまた『逆説的解釈』ですが。
今日はこんなところで。