この言葉を聞いたとき、もういいよ〜って思いませんか?私はそう感じます。
でも、それはこの言葉の本当の意味を分かっていなかっただけでした。
今日はこの言葉の意味を自分の中で反転させたいと思います。(この言葉を私のものにする、統合するということでもあります。)
この言葉を『苦しいこと』という、安直な意味で捉えていたから、もういいよ〜ってそうなってしまったように感じました。
まあ、それはそれでもいいのですが。
発見があったので書きたいと思います。
『苦労』とは、『苦しい』を『労う』とあります。
つまり、『労う』とこまで含めて、『苦労』というのです。
最近の『苦労』は、『労う』が抜け落ちているように感じます。
だから、『苦しい』のです。
なので、『苦労』そのものは決して、ネガティブな言葉ではないと言えます。
どんなに苦しい目に遭いたくなくても、遭ってしまうことはあります、そのとき、『労い』があるから、救われる訳です。
『苦しい』ことだけを与えられていたら、どっかで壊れます。
それは、『苦労』とは、いいません。
いわゆる正しい『苦労』というのは、『苦しい』ことの後にしっかりと『労う』ということです。
そのものごとがなんであっても、その人に起こった出来事自体に正しい、正しくないということはありません。ただ、そういう運命だったというだけです。結果論ですが。
『労う』ことが抜けているから、正しく『苦労』にならないというだけです。
『苦労しろ』というあなた、ちゃんと『労い』してますか?