いつの頃からかこの言葉が、私の座右の銘のようになっていました。
この言葉の持つ意味は、言葉通りでもありますし、今であればまた違った意味があったことも分かりました。
『理想を持って現実を生きる』
は、私にとって
『天と通じて地に足をつけて生きる』
ということだったのです。
『地に足をつける』ということは、まさに言葉通りであり、同時に『天に通じる』ということでもありました。
以前にも記事にしたのかもしれません。
『地に足をつける』ことが、なぜ『天に通じる』ことになるのか。
人によっては、『地に足をつける』ことが、海、山、風、光、宇宙ということもあると思います。
(海、山、風、光、宇宙という五つは、意図的に選んでいます。)
それぞれに触れてみてください。
天を意識することだけが、『天に通じる』ということではないことに気がつくと思います。
通じなくてもいいんですが、通じたい人はという前提です。
『地』の中に『天の意識』があるということです。
『天の意識』とは、『宇宙』であり、宇宙が生まれたときの『振動、音、光』のことです。
その『宇宙』を『地』が、顕現しているから、ここにあると言えます。
『地』の中には、その『宇宙』の性質を色濃く残したものが存在します。
『宇宙の法則』を3次元で体現している存在がそれです。
というように、『地』の中に『宇宙』を感じ、『天に通じる』ということ、そして『理想を持って現実を生きる』という言葉に繋がるということが、私の性質であり、『自己固有の運命』なのです。
これは、各々違う感覚を持っていることでしょう。
追記
それとは、『菌』であると私は感じます。
チベット仏教でいうところの、五大元素で言えば『空』にあたります。
陰陽五行で言えば、『土』であり、『金』を生み、『水』を生んだのも『菌』ではないかと私は、考えています。
そして、『土』と『火』と『水』が、『風』を生み、『木』を生む。その間にあり、その循環の媒体となっているのが、『菌』なのです。
陰陽五行では、『空』は、表現されていません。これは、より地球の目に見える性質の要素に着目して、分類されているため、『空』は、見えない性質であることから省略されているように感じます。
『菌』は、『火』の中でも、『水』の中でも、『風』の中にも、『木』の中にも、『金』にも存在しています。当然、人間の中にもいます。
何なら酸素がなくても生きてられる菌もいるぐらいです。
つまり、『菌』こそが『空』を体現している存在と言えます。
『菌』の持つ、混沌とした力を五行の視点で見てみると、分かりやすいです。
木、火、土、金、水という順の流れが、相生。
相性がいい流れ
木、土、水、火、金という順の流れが、相克。
ぶつかる流れ
木→土を行なっているのは、誰か?ということです。
『菌』を表面的な人間の視点で見ると、『相生』
とは、逆の『相克』の作用を促す存在として、裏方の仕事をしているのです。
でも、考えてみてください。
この裏方の作業がなく、『相生』だけの流れだったら、どうなるのか?
宇宙の法則から外れます。
数学でいうところの、実数を『相生』とすると、虚数こそ『相克』であり、実と虚の対応でいうなら、虚の存在が『菌』であると言うことです。
見えない世界と見える世界で言えば
菌は、見える世界において、限りなく見えない存在として実在しながら、見えない世界の仕事をしています。
限りなく『ゼロポイント』に近いところにいる存在とも言えます。
多分、誰も読まないと思うので、書きたいように書きました。
自分のメモ替わりです。