自分で書いて、意味わかんなくなってきたけど、ここ最近のこととか、感じたことを書いてみた。
感じることがあるとする理由は、相手にとって気がかりなことについての事柄であれば、そう感じとられるし、そうでなければ感じ取られないからだ。
今を生きるという言葉を聴くことに嫌な感じがする人がいるとすると、今生きることに疲れているのかもしれない。
それは、悪いことでなく、今を生きているからこその思いである。
頑張っているのに、頑張れと言われるそれに似ている。
これからの世界は、そういう誰かから言われる言葉としての支配的なというか、相手に強制される様な常識とされるものが、外れていく。
そうなるのですが、言葉としての主張や説明、発信をやめるというのも違うような気もする。
今日、発信したいと思ったことは、『過去を生きてもいい』ということ。
人として、地球で体を持って生きていく限りは。
かつて、そういう支配的な歴史があって、その中で精一杯生きた人がいる。そういう人の書物を読んで、過去を生きてもいいし、自分の過去世を見て感じて、浸ってもいいのでは?ということ。
自分の世界は、そういうのなしってのもありです。
私の意見です。
私の魂が、そういう過去世を忘れたくないだけなのかもしれません。執着とも少し違う
アセンションにのって、過去世とか全部遊びでしょってのものありです。
捉え方は、千差万別。
その遊びを全力でやって、大変な目にあってきて、修行?してきた自分をただ暖かく、素直に、それはよい経験だったと思いたいだけです。
人は、年数を重ねて、進化して、忘れていく。
それを繰り返している。
全ての次元が、変わってしまった世界では、今の次元のことは古代の遺跡、神話になっているかもしれない。
この独特な波動の重さというものについて、なんで、そんなことに一生懸命になってんの笑笑当たり前じゃん笑笑、意味わかんない笑笑って思われていることでしょう。
でも、我々は割とというか、最近までかなり真剣に悩み、そうかーとなんとなく、体感を得て、ここまでわかってきたんだと思います。
そういう体験をわかってきたのなら、もっと過去にもがいてきた人たちの存在がいたことを分かると思うのです。
その部分を自らの過去とともに、軽くなり過ぎてもいいとは思えないんだなぁ〜
案外、歴史の偉人も今は、体ない方が楽よ〜って感じなのかもしれないけど笑笑
音楽のために聴こえなくなるまで作曲するとか。
絵画のために借金して絵を描くとか。
宗教の教えのために批判に耐えるとか。
凄くないですか?
動物とは思えない、だからそれが人間なんでしょ。
彼らはいずれも最高な体験をしている、けど外側から見て、あんた最高だよ、なんて言ったら、殴られるかもしれない。だって、最高じゃないんだもん。誰にも認められない、狭く、暗く、ジメジメとした何かを持って、本人からしたら『俺にはそれしかないから、やっているだけだけだ』ってことなんだから。
全部、体験というストーリーさって言われたら、ブチ切れるよね。
私なら切れる。
そういう彼らの物語が、今の私たちの文化や文明を作っている。間違いない。
それはね。
どんなに軽くなっても、その話を軽くしちゃいけないんだと感じる。私はね。
大いなる視点で見たときは、私たちなんかより彼らの方がとっても純粋で、重力に抗った戦士なんで、きっと次元は軽いんですがね。
本当に凄いと思う。
そういう彼らの本や映画に出会うとき、私は『今を生きてはいない』。
彼らの時代に浸る。
誰にも理解されない彼を彼女を。
畏怖してやまない。
兎角、分かりやすい話でいうなら。
自由、権利というものを勝ち取るという歴史を忘れた現代の人間がどんな状態に陥っている思いますか?
国というものを保っていた王政がなくなって、民衆が権利と自由を獲得し、国境がなくなったとき、その謳歌した自由の名の下に集まってきた民衆(移民)を受けざるを得なくなった。
良いとか悪いとかではなく、自由と権利を手にしたときには最初から決まっていたことで、自国だった民衆は自由で、他国だった民衆にはその自由を与えないというのは、本当に自由なの?という自問に向き合うことになる。
権利と自由は、王政や独裁があったときに、勝ち取った人たちの血と涙と汗によって、今、存在している。Aがあって、Bがあり、意味がなすのであって、Bだけになったら。どうなるものか。
今はBだけになってしまった。そのBがAになっているようにも感じる。
AとBのどちらがよいとか悪いとかではない。
本質はどちらにもあり、どちらでもよい。
良き君主が、王政をひけばそれでうまくいった時代もある。
民主制をひいてうまくいくかは…今まではあんなりないようだ。
歴史を見てみてば、王政や独裁の方が長く続くことが多いことを考えてみると、ここしばらく2000年程度は、そういう王政や独裁がうまく作用していたようである。
ということは…
これからは、どうだろうか。
全ての人が生まれてきた意味を取り戻した時には、きっと大丈夫だろう。
また、今の時代は、魔女狩りもないだろう。
人間としての肉体を維持していれば、人権問題になるから。
3次元的には今暫し、時間がかかるかもしれない。
そういう間において、肉体を持っている限りはら統治の形態をどうするかという問題は残る。
今暫し、『過去を生きる』ことで、歴史を知るということも良いであろうという、独り言である。