面接難しいなぁ〜
なんか噛み合わんかったなぁ笑笑
なんというのでしょうか。
まあ、縁が無かったということなんですが。
巧妙に情報を出さない面接をされると
この人の思考は、誰かを支配して、同時に誰かに支配されているのだろうなぁと感じます。
騙し騙されの世界と言いますか…
正直にいようとすると完全に合わなくなる
これ自体が、思い込みなのか??
だとしたら、何か原因となる経験が作用しているのか。
…
あーそうか。
なんか違和感があると思っていたら、面接に来ているのに、『面接官が自分の会社の事業が何たるかを全く話していない』んだ。
『受けに来た応募者の見定め。』という「これまで」の仕事(役割)をこなしているだけなんだ。
そういう会社の世界の中で、ずっと「この業界というより、この会社はそういうものだ」ということをやっているんだ。
良い悪いじゃないよなぁ
まあ、わたしも質問しなかったんですが笑
…
面接という制度そのものが、相手の世界に合わせるものであるという癖が抜けてないようだ。
正確には、擦り合せるのであるが。
その時代の文化、文明が真っ当に機能していた頃は、事業に志があり、人を雇うということ自体、まさに一期一会という感覚で、多少抜けている人であろうと雇うという風に機能していた。
今は、その文化、文明が持っているそれぞれの技術、思考とそれらの承継が、おのおの分断されているように感じます。
その根本である信じるということの中に、自らの運命において起こることを受け入れるということと同様に、出会う人を受け入れるということが、自然に含まれており、成り立っていた。
今、情報が氾濫し、選べる自由があるが故に「不自由」にあるように思います。
誰もが外側に答えを求めている。
誰もが外側に求めた答えは、誰のものでもない空虚であることも多いだろう。
本物はその中で光り輝くが、「自由」で「分かりやすい」というフィルターを持っていれば、可視光領域が違うかのように、到底引っかかりはしない。見えないだろう。
その空虚が、自分なのだと気づく頃には、歳を取り過ぎているのであれば、とても悲しいことのように思います。
…
昔、尊敬している先輩に言われた言葉を思い出しました。
「服に自分を合わせるんじゃない、自分に服の方をあわせさせるんだ、その内、服の方が馴染んでくる」
この人は、10年前から本質を分かっている人だった。
そう言った先輩は、いつも利き手に時計をし、この世界を裏側から見ていた。