時々(月一ぐらい)アトピーが結構ひどく出ることがあります。
アトピーでない人もいることを考えると人間の体とは、こんなにも個体差があるものなのかと思ってしまったり。
良くなってきたと思ったら、痒くなったりを繰り返す度に確かに良くなっているんですが、良くなってきたところに痒みが出てくると凄く凹みます。
改善方法は、巷に沢山溢れていて、それらの全てに取り組んでいるわけでも、取り組めるわけもなく、それでもどうにか気をつけたり、ダメだと思いながら食べてしまったりするわけです。
それがたまたま食べてしまった翌日に痒みが出てしまうと、それだけで食事そのものを否定されるように感じてしまいます。そんなことないのですが。そう感じてしまう心はどうしようもない。
依存症というもののやめられないのと同じように、分かっていても感じてしまうものというのは、あるように思います。
それが所謂、設定であり、課題というか、用意してきたストーリーというかそういうものなんでしょう。
やる気ができないことはできないので、そうやって言われてもやらなかった方法もあります。それをやらず悪化したりすると、その人はやらないからだと言い、私は、じゃああなたが私の体になってやればいい、俺はそれはやりたくないんだと言うとそれもまた辛いわけです。
体がこういう状態の時は、入り込みたくなくてもそういう物語に入り込んでしまったりします。
分かっていてもそうなのです。
三次元にて人から見られると余計にそう思ってしまったり。
分かっているんですけどね笑
やりたくないものなんてないんですが。
本当はね。
三次元的にやりたいないこと≒高次元的にやりたいことということもあるので、降参して、やりたくないこともやらんとかなぁと感じました。
感じ方は人それぞれですよ。
…
そういえば、昨日ね。
NHKで徳川家康やっていて、私の故郷 静岡の駿府がとても好きだったようなことやってまして。
でも、辛いことに折角建てた駿府城を秀吉にとられて、江戸に行けって言われて、苦渋を舐めてるですよね。知らんかった!
去年の発掘調査で、秀吉が駿府に天守閣立てていたことがわかったらしい。しかも、去年の五月たまたまそこに行っていたということ、思い出して、そんなすごいことだったのかと、改めてびっくり‼️
20年ぐらいかな…
それでも、秀吉が倒れて、関ヶ原の戦いで勝って、江戸から駿府に帰ってきて、もう一回建て直すんです。
凄いよね、執念が…
(この猿がー、大阪帰れとか思ってたんでしょうか笑)
その際に秀吉の天守閣の瓦を一枚一枚割って、さらに秀吉よりも、江戸城よりも大きな天守閣を作るんです。
もし、一度秀吉の傘下に入らなかったら、家康は後世に残らなかったわけで、その決断たるや、本当に凄いことですよ。
部下からも何年も何年も残念に思われてしまっていたはずです。きついなぁ〜
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でも、思うんですよ。
その悔しさや執念、冷静な決断が、後々の江戸幕府300年に続くわけです。
私が今抱えている感情は、そこまででないにしろ。
それに近いのかもしれないと思い込むのは自由なので、そういうことにしようと思います。
気持ちや心の力、知識はある程度あるが、無理ができない体や状況があって、世間体なるものに屈して、頭を下げて、そうして感情から余計なことはせず、虎視眈々と体制を整えて、来るべき刻のために準備する胆力をつけるということ。
家康様本当に凄い。
…
あと昨日思いついたことですが。
徳川家康にとっての日本の中心は、『駿府』だったのではないかと。
彼は亡くなった後、久能山から富士山→日光を結ぶ方向へ自らの魂を弔うように指示した。
それは、富士山も好きということもあろうが、駿府からみて、『北東』すなわち『鬼門』『艮』を守護する権現になろうとしたのではないかと思いました。
自らの生まれ育った、大好きな『駿府』を守るために。
死後もなおそうして見守ろうとする心、本当に凄いことです。