子供の頃、自転車に初めから乗れただろうか。

僕は毎日上手くやろうとして、出来なかった。

自転車に乗れる様になる頃には、自転車に乗りたいという思いよりも、出来ないということへの悔しさで乗ろうとしていたに過ぎない。

なぜなら、自転車の練習は下がアスファルトですぐ転んで怪我するし、海沿いの広場で風強いし、最悪だった。
もしかしたら、早く終わりたいという気持ちの方が強かったのかもしれない。


上手くやろうとして、上手くいったことの思い出は残ってないように思う。

上手くやろうとして、失敗してばかりだ。



リフティングもそうだった。

やりたいというよりは、やらされていた。

でも、上手くやろうとして、上手くいかない。

100回までがなかなか大変で、なんで出来ない、なんで出来ないと数ヶ月かかった。

面白くもない。周りは、100回を超えていく。

でも、毎日その時間はやってくるから、やってみる。

失敗するのが俺だから、とりあえずやるかとなった頃には、上手くやろうとなんて思わない、というか思えない。

そうして100回を超えたとき、100回も1000回も10000回も大差がないことを知った。

もう全く上手くやろうなんて気持ちはない。

今思えば、写経や瞑想に近い。

体力が続く限り、永遠にできるとさえおもった。



上手くやろうとすることの『反作用』は、必ず失敗することだ。


今もまだこの『上手くやろうとする心』がある。

あっちゃいけないわけではない。

ただ、『上手くやろうとする心』が、『反作用』を起こし、幻想を作り出すことを知っているから。

ようは、失敗したくないんだろうなぁ笑笑








勉強に終わりがないのは、法律などが新しくなっていくからではなく、人が勉強することを求めるからだ。

求めた分だけ、世界は問題を用意してくれる。

新型インフルエンザ出てくるはずという思いが、新たなインフルエンザを見つけてしまうように。

科学者が、自らの仮説を信じて新たな理論を見つけ出す様に。



ただ、例えば現代の法律の様な表面的な情報に魅力を感じない。莫大な量がある割に、真理からは程遠い。

原初の法律、マグナカルタ、権利の章典が優れているのは、その権利を得るために多くの人の意思と命、そして文字通り血が流れているからである。

そこは、人の生命、精神、意思の葛藤、尊厳という崇高なものであり、真理に近づく何かがあった。

今の法律には、その魂はあるだろうか。

良い悪は別にして、少なくとも近代日本、明治あたりまでは、上手く作用していた様に感じる。

差別的なものはあったにしろ、日本国という国が急速に近代的に機能する為に徹底されていた仕組みであったのではないだろうか。

少なくとも今よりはよい。




賄賂などというものは、いつの時代もあった。
もっと言えば、暗殺なども当たり前のことだった時代さえあった。


現代の倫理で言えば、良いはずがない。
そんなことは、常識。
時代によってはそれらが常識、暗黙の了解だったということに過ぎない。

ただ、少なくともその時代に賄賂や暗殺を有効(この国のためという大義もっておこなう行為)なものとして使うことができる人物が、極小いた
のも事実だろう。

世界にはそういう歴史があるからと今やっている人間は、馬鹿者である。時代の読み違えも甚だしい。

そういう人間は、本当に賄賂や暗殺が横行していた時代には、絶対できない。やらせてすらもらえないだろう。時代を読み違えるのだから、その前に消されるか、相手にすらされなかったことだろう。





『経営』をしているのに、『経営』という言葉のなんたるかも知らず、事実や真実とはなんたるものなのかも知らず…いや、知らないことが悪いことではなく、その言葉を自らに問うことがないということが、真実を遠ざけているように思う。

そこに目を向けなければ、表面的な情報は増え続ける。そして、一つのイレギュラーでひっくり返る。
それが、近代西洋科学や思想が辿ってきた道。

天動説が地動説に変わった。

原発は安全ではなくなった。







また、どんなに勉強しても、それと同じ文言に完璧に当てはまる事例はありえない。

最後に働くのは、それを扱う人の意思という思い込み。

エネルギー(思い込み)が強い方が勝つだけだ。


それが、悪いことではなく、そういうことだから、理屈を聞いても、じゃあそうすればいいさとしか思えない。

冷たいのではなく、その人の思いがそこにあるのなら、そういう『反作用』が起こるだけ。

そうやって誰かのエネルギーとぶつかり、お金を得るということが勿体ないなぁと感じる。

そのお金は、人としての精神や魂ではなく、本能を満たす為に使われ、消費されることがほとんどだろう。






僕の『上手くやろうとする心』は、これまでの生きてきた生き方のなごりだ。

いい歳して、家庭を持って、資格もあって、上手くやらなきゃなぁと。

(裏側)失敗したくないなぁ笑

そういう自分を眺める。



悟ったふりして人間らしいじゃないかと笑笑

もう一人眺めている。



そうであってもいいし、そうしなくてもいい。

笑い飛ばしてやればいい。

まあ、なんとかなるさ