今まで鍵のかけ忘れるということは、殆どしたことがありませんでした。

ところが最近になって、かけ忘れのです。


家で言えば、出る→閉める→確認ダカダカする。

自転車で言えば、停める→閉める→ポケットで鍵を確認する。


ということをほぼ無意識でチェックまでしていたのに、3日連続で締め忘れました笑笑


なんでしょうね。

思考力の低下かな?


追記

さっき近くのスーパーまで行って買い物をして、歩いて帰ってきてしまい、自転車取りに戻りました。

興味なくなっちゃったのかな?







さっき、また本屋でオラクルカードを引いてきました。

グレート チャネリング

→魂の仲間と繋がり、光のネットワークを繋げましょう。


ブレイク ザ チェイン

→これまでの家系のパターンを変える、癒す。



家系のパターンは、自分のものではないらしいですが、自分が癒されることで、先祖も癒されるということらしいです。

家系も引き上げるというのが、ストーリーとしての役割でもあるようなので、分かってはいますが、本人としては、そのパターンなるものがなんなのか分かりません。

そのパターンは、一見するとこれまで家系が生き残るために良く作用していたもののような気がしますので、余計わからないのです。

パターンとは、その家系の伝統と習慣でもあると思います。神様への信仰心から食事の取り方、お風呂の使い方まで様々です。

なので、私は私を整えることで、先祖の霊系を整えるという方法でいこうと思います。つまり、今まで通り笑

ある意味私のアトピーという症状もまた肉体として家系の影響と言えます。良い悪いではなく、家系全体でバランスを取っているようです。

なので、この症状の変化が、霊的な変化を現してくれるとも考えられます。


あとは、逆にいうと自分のパターンは外れているということのように思いました。

手放したというか、癒されたというか、解放したというか、崩壊したというか、感じ尽くしたというか、委ねたというか。

この辺の言葉全部一緒なんですが、どれも表現しきれていない感じがしますね。





ブレイク ザ チェインという思い出すのが、
Lastalliaoceの前身バンドBernudaのBefore a chain。


この頃の楽曲は、若さと皮肉と願いが入り混じったその年代独特の青さがあり、疾走感と焦燥感が曲の早さで表現されています。

日本的哀愁メロディックハードコアに昇華される前の英語歌詞ってのとてもいい。






グレートチャネリングは…

そういうの持ち合わせてないんですが笑笑って思ったけど。

今朝の夢は、そういうことだよなと思うところもあって、あれもチャネリングの一種だと思います。少なくともリーディングではないですね。

まあ、顕在意識では、なにも得られてないんですが笑笑

そんなのばっかりですな。



幸いにも現実にもネット上でも同じような仲間に出会っているので、(やりとりできるという意味での)ネットワークは自然に出来ていると思います。

それぞれがそれぞれの日常のお話を交換するということ自体が、神(自分自身)への報告であり大いなる目的の一つなので、それで良いと思います。




私がこうして鍵をかけ忘れることで、記事になるが、鍵をかけ忘れたこと自体には意味がないのかもしれません。


でも、一応言っておきます。

鍵のかけ忘れに注意してください。