お盆休みで、実家に帰っています。
実家に帰ると必ず父方の祖父母に会いき行きます。
実家のすぐ近くに住んでいるとはいえ、父方が次男であることから、あくまでも昔から別世帯で暮らしてました。
半世紀時代が違うので、祖父母の話しはいつも興味深いことが多いです。
話を聞くと、子供の頃のこと、地域のことなど沢山のことを覚えていて、それらを教訓として生きていることがわかります。
中でも、「普通」という言葉が印象的で、普通に生きるということの難しさからくる尊さをいつも感じます。
半世紀以上前の世代の方にとって、「普通に生きる」とは、住む家があること、家族がいること、食べ物があること、話ができること、学校に行って勉強できること、文字がわかること、数字が読めることなどを指します。
こう書いてみると、今の人の感覚で言うところのおおよそ「当たり前」になっていることの様に思います。
この「当たり前」は、一見祖父母世代の「普通」に近い様にも思いますが、全くそうではありません。
祖父母世代の「普通」とは、ある種努力して、我慢して目指して初めて維持される「普通」、そこには戦後の人間、日本人たる尊厳を取り戻す様なそんな思いというか、意気込みというか、崇高さとしての「普通」を目指している様に思います。
心を律しなければ、それを一生を通してやり遂げることが、難しいことを分かりつつ、でもそれこそが「当たり前」なのだという思いも感じます。
過酷な状況こそ「日常」な時代のなかで、「普通」という言葉で「理想」を目指すという「非日常」を常とする。
「普通」が、難しく尊いのは、子供が生まれても大きくなれなかったり、誘拐されたり、自殺してしまったり、親が戦争に行って亡くなったり、学校に行けなかったり、文字が書けなかったり、数字がわからなかったり、離婚があったりなどなどの「日常」が接していたからこその言葉の重みのように思います。
人間の尊厳ある10分(村7分とは、仕事がないや家族がない、家がないなどがかけた者をいう)の日々をあくまでも「理想」とはせず、「普通」という言葉にしながら、努力して我慢して目指して受け入れて生きていくその力強さは、本当に尊敬しかありません。
私達が得ている「当たり前」は、祖父母やご先祖様の「普通」の積み重ねの上にあるのだと思いました。