人は感動した時、同時に感謝をする。

今日は、自分が感じた感動と感謝を記録しておきたいと思い、その感動と感謝を表現しようと思います。


日々起こる現象、全てに感謝するということができない。

そうのように思うことありませんか?

そのような感覚、私にもあります。

でも、これまでのことを振り返ると、時間軸が違うだけでほとんどのことに感謝をしているということ気がつきました。

そして、私の場合それらがすごい早さで『今』に集合しています。


これを数学的に結論を書きますと、時間軸を永遠に伸ばした時、


『人は全てのことに感謝せずにはいられない。』


ということに、改めて気づきました。


もちろんあのことは感謝なんかできないよ!!って、思ってる人いると思います。


でも、時間を無限に引き伸ばした時(来世も含めて)、絶対感謝しますよ。
そこには感謝している自分しかいない。
(死んだら全部気がついてしまうからってのもあるけども)


あと、これは言葉遊びになってしまいますが、『今』感謝でするか、しないかというのは、時間の認識の問題ですが、常に永遠の『今』しかないので、結局、『今』感謝することになります。

三次元で時間軸を認識しているが故に、時間を経ってようやく分かったというに感じることがあると思います。

でもその感覚縮まってませんか?

本当はもう気づいている方も多いと思います。

このための経験だったのかと、そんな感動を繰り返していませんか?

もう気づくまであっという間です。

わざわざ来世まで持ち越すこともないでしょう。



それとそもそも感謝には『できる』『できない』という言葉は、おかしい。

『する』か『しない』かしかない。

感動『する』から感謝『する』のだと思います。





まあ、こう言っている私もなかなか感謝『できない』と思うことはあります。

矛盾しているようですが、それはそれで良いのです。

これらの一件矛盾に感じる思考の構造こそ、多次元への入り口でもあるので、それすらも、そして、こういう意味不明な誰にも理解されないであろう自分も許しましょう。

三次元の合理性は、不合理性の混沌の上にあるのですから。