続きです。

小学4年生
この時の担任の先生は、マッチョな先生でした。クレヨンしんちゃんが流行っていて、マネする子が続出し、良く叱っていましたね。

この頃サッカーを始めました。
スポーツ少年団です。
いくつかの小学校の児童が一緒になって、その地域のチームを形成していました。

Jリーグ開幕の影響もあって、かなり人口が増えたタイミングでもありました。

あとから考えるとサッカー始めたことが、子供の時のターニングポイントになっているような気がします。

それは、運動能力の向上、他者とのコミュニケーションの向上があったからです。

自分でサッカー始めといてなんですが、このコミュニケーションがね、途中からしんどかった。

あんまり喋らなかったですが、一部の嫌がらせは除いて他校の児童は、とても優しかったですね。バリバリやる感じでもなかったんでのんびりやれたと思います。

指導者からも目をかけていただいていたのですが、辞めてしまいました。
嫌がらせに疲れてしまいました。
子供のやることですから、今考えると大したことないことだったんですが、言うことやること嫌そうな感じだったので、疲れてしまいました。

でも、運動することが好きになったのと、人とコニュニケーションできるようになって良かったと思ってます。


小学5年生
あんまり覚えてないのですが、学級委員長を任されたのを覚えています。

勉強は全般的に好きでした。
5教科から体育、家庭科、音楽、美術なんかも全部好きでした。
でも、国語は苦手で、100点中60点ぐらいしか取れなかったです。
文章を読んで、その著者の気持ちを答えるというのが、分からなかったんですね。

回答の選択肢を見ても、どれでもいいんじゃないかと思ってました。

自分の場合はそもそも文章を読むのが嫌いだったので、いつも大体斜め読みで、自分の気持ちを回答欄から選んでいたんです。

正解するわけありません笑

でも、ある時科学的にどこに著者の気持ちや理由が書いてあるから分かるようになりました。

棒線のある文章の最後の段落とか、結論の前後に理由があるとか、大体そんなものです。

なので一層文章を読まなくなりました笑

結局最後まで著者の気持ちなどわかるわけないと思ってました。

小学6年生
この年も学級委員長を任されました。
この年はいじめについて考えました。

なぜ起こるのか。

それぞれ個別で、固有の因果があるので、一般論でどちらが良いとか悪いとかは言えないですし、いう権利もないので、私の周りで起こったことについて、私の視点で思い出してみると、その当時の理由については、当事者全員に理由があるように思います。

ただ、子供の頃からやったらやり返されるという法則を理解したので、いじめた方は後で同じ目にあうから大変だろうなと思っていました。


知的障害を持った友人の手伝いも私のお仕事でした。私自身は、使命感でもなく、全くお仕事とは思ってませんでした。今思えば、ただ彼の存在が愛おしいかったんだと思います。話をすればちゃんと伝わるし、他の友達と同じように喧嘩もしました。2年間ほとんど彼の席の近くだった気がします。

この頃は、足が速くなって陸上の選手にも選ばれました。
リレーの選手に選ばれて、アンカーを走ったり、運動会で短距離走で初めて1番とれて嬉しかったのを覚えてます。
マラソン大会でも20番以内に入ったりして、6年間で1番良かったです。
親が言うには、5年生くらいから走っている時の顔つきが、変わったとのことでした。4年生ぐらいまではヘラヘラ走っていたそうです。