日常を生きることを望み
非日常を生きる矛盾のように
思える日々であっても
人は、毎日を一所懸命に生きているので
きっと同じ日は、1日だってありはしない
であれば、
同じでない日々=非日常を
毎日生きることこそ日常であり
今という瞬間に
自らが望んだ精一杯の世界がある
ということではないだろうか。
一所懸命に生きることの極致を
武士道では、死をもって生きるという。
現代はそこまでの状況がないが故に
一つ一つの行動に死を感じないが、
もし、一つ一つの行動が命取りに
なるのだとしたら、死をもって選択
せざるを得ないだろう。
本当に今とった行動が命取りにならない
と言い切れるだろうか。
その説明には必ず物質的な限界がある。
そう考えると、多くの人間は、すでに
神に宇宙に全てを委ねているとも言える。
そのことに気づいているか、いないか。
の違いでしかない。
悩むも悩まないも、行動するのもしないも
全ては宇宙の誤差範囲
そこまでいくのに、近いか遠いか。早いか遅いか。
それだけのこと。
それだけのことに右往左往するのが、人間。
それをまた愛おしいと思う。