2018年が終わります。

皆さんそれぞれに大事があった一年だったかと思います。

私にとっては、一個前に書いた詩のように
「向こう側」へ行くための出来事、出会いの日々であったように思います。


10月頃に魂友の影響でブログを始めました。その魂友と出会ったのは、今年の2月です。持っている性質の違いはありましたが、陥っている状況や症状がとても似ていたこともあり、共に励まし合い、思ったことを言い合い、頼り頼られながら、今年を乗り越えて来ました。

Tさん、いつもありがとうございます。



ブログでは、自分の男性性(論理)=日記と女性性(感性)=詩を中心に私の中にある真実を現実(言葉)に落とし込むということを全力でやるということで、書かせていただきました。

かなり、伝わりにくい記述や言い回しがあったことがあります。

そんなブログですが、何人かの方に読んでいただき、コメントまでいただいてすごく嬉しかったです。

全てが伝わらなくとも、何かを感じてもらえたり、きっかけになれたのなら凄く嬉しく思います。

ありがとうございました。

私は勝手にご満悦です(o^^o)



詩については、全てをさらけ出し、恥かくつもりで10年ぐらい前に書いたものを中心に描かせてもらいました。

その中で、今の自分に問いかけるものやあの頃を思い出すものがあり、言葉は短くとも魂削って生み出したものに残る記憶と思いの強さを感じていました。

過去の自分が、今の自分に伝える言葉、未来になってわかる言葉はこの日のためにあった詩なのだと、気持ち悪いぐらい気づいてしまったこともありました。



詩はとても良いものです。
言葉に込められるのは、感情と哲学。
言葉と言葉の行間を埋めるものは、個々の経験と情景。
経験した数だけ、その意味と景色を変えていくのが、とても好きです。


「向こう側」を書いた時は、やはり漠然とした焦燥の中にあった私がそれでも私の中で変わろうとしている何かを捉えようとした結果としての詩だったのだと思います。

命が運ばれていく中での違和感は、その渦中では捉えどころがなく、とても曖昧な感覚であり、正しくも間違いもなく、自分から離れていく人を見て、置いていかれるような、まるでそちらが正しいかのように感じます。

それは、何が自分であるのか、人生が何のためにあるのか、その立ち位置がわかっていないからでした。


今年は、自分の進むべきものの後ろ姿程度は掴むことができたように思います。

それは、今年起こった出来事や友との出会いが、守護神である素戔嗚様、瀬織津姫様の導びいてくれました。

本当にありがとうございました。


来年もまた為すべきことを為すために努めて参ります。



いつも心に透明な創造を。

破壊もまた創造の一部でしかないよ。

今も理想をもって現実を歩んでいくよ。



それでは今後とも宜しくお願い致します。


ここまで読んでいただきありがとうございましたm(__)m