私が、子どのもの頃から考えてきたことの一つに次の世代が生きやすい世界にしたいという思いがあります。
私自身が子供であるのに、その頃から思っていました。
そして、なんでこんな世の中なのか。
なぜ戦争があるのか。
なぜ原子爆弾なるものがあるのか。
なぜ大人になったら自由がなくなるのか。
なぜ青春は学生の間だけなのか。
なぜいじめがあるのか。
なぜ自殺があるのか。
なぜニートになるのか。
と考えていました。
また、同時に、何者にもなっていない、何も成し遂げていない私に一体何が出来るのかとも思っていました。
でも、いつも答えは一つで、できることをやるしかないということでしたし、その積み重ねで、ここまで来ました。
当然、多くの人に迷惑をかけながら、助けられながら、叱られながら、甘えながら。
その時は分からずとも思い返すとそういうことだったんだと分かります。
本当に感謝です。
いまはまだ後の世代のために具体的に取り組んでいることはありませんが、この思いをもって日々を生ききること、その連続が後の自業、事業のためになるのだと思います。
今の私の状態は、子供の頃、大学生の頃、社会人になったばかりの頃には、想像もし得なかった生き方へ向かっています。
全く先の姿は想像できませんが、日々の現象や出会いからどうしてもその方向が間違いであるとは思えないのです。その出会いを否定する理由は何もありません。
今書きながら
以前、スピ系のイベントで伊藤てんごく氏の演奏を拝聴する機会がありました。
その時、伊藤さんは「不思議なことがあった時、否定する理由がなければ、信じてみようと思った」とおっしゃっていたのを思い出しました。
そういうことなんだと思います。
過去を振り返った時に、あの時はこうなるとは想像できなかったのと同じように、今の私が、未来の姿を想像できるはずもないのです。
それでいいのでしょう。
その方が楽しい。
今自分にできることは、心と体と精神と魂の仕組みを分かるようになること、そしてそれを全力で活かせるように整えることを実践することです。
アトピーやエンパスの苦痛も同じようにそれらを体験する人の気持ちを理解するためであり、特にアトピーの解明が自身に課された使命の一つのように勝手に思っています。
また、自分の生きてきた道を振り返ると、そこにはいつもメッセージがあったことに気づきます。
なぜあの小学校なのか。
なぜあの高校なのか。
なぜあの大学なのか。
なぜあの先生だったなのか。
逆になぜあの大学に行けなかったのか。
なんてことも分かります。
自分はどうやっても武士道であり、生命科学の探求、教育、養育がそこに横たわっている。そう思います。
胎児の記憶まで思い出したら、次は過去世も思い出すのかなとか楽しみにしています笑
地球には、肉体を持たなければ体験できません、皆さんご自愛くださいませ。