焦りはどこから来るのか?

それは、体からである。
肉体としての体は、常に安定、安全を求めている。なので、不安定、危険を嫌う。

動物としての本能と言えよう。

動物が、崖に近くだろうか?
一匹だけ単独行動するだろうか?(もちろんそういう動物もいるが)
無為にエネルギーを消耗するような行動を取るだろうか?

人間も同じである。

その安定や安全が崩れそうなとき、安定や安全を求めて、動こうとする、動かなければと反射する。


思考は、その体の反応にびっくりしているに過ぎない。

人間にとっては、死に直面するほどの危険、不安定はそれほど多くない。

だから、霊長である人間、魂を持ち意志を持った人間は、これを思考と理性によってコントロールできる。多くの人出来ないと思っているかもしれないが…

その不安、危険は、今まさに身に迫るほどのものなのだろうか?
たかが誰かに叱られる、怒られるだけのこと、殴られても命に関わることほどではないのではないか?
他人と違うことが、悪いことなのか?
他人と全く同じ人間がどこにいる。

みんなその人自身の人生を生きている。
その人自身の人生しか生きられない。

もう一度問いかけてみよう。


もっというと、人は魂があるが故に、思考が出来るが故に、死の迫るその瞬間においても生きることの意志を選択することが出来る。その結果が、死であっても。


焦ることはそうそうありえない!


何度転職していようが。
何度結婚していようが、していまいが。
何度移住していようが。
男らしくなかろうが。
女らしくなかろうが。

自分も貴方も今ここに生きていることは、否定できない。
肯定しかない。


善悪はない。

物事の過大は、他人による恐怖や不安と自身の思い込みに増幅されているに過ぎない。
その逆えの転換も同様に容易い。


もう一度その物事の事実だけを取り出してみよ。
他人の判断や感想は、参考程度だ。
関係ないとは言わない。