夏になると朝一番で営業へ出かけるフリをして、湘南へ泳ぎに行った。
これは若い時だけでなく、中年のオッサンになっても変わらなかった。海水客の少ない平日に海へ行くのは最高だった。
営業部新入社員の結子に声をかけておいたのは、この娘も海が死ぬほど好きなことを、予め訊いていたからだ。
夕暮れの仕事中、難しい顔をして彼女に耳打ちをした。
「いいか明日、朝から外回りをするフリをして海へ行くぞ。水着とビーチサンダルを忘れるな」あたかも極秘事項のように話した。
課長・島耕作じゃあるまいし、
こんな上司がいるだろうか。しかし至って海で遊ぶ事に関しては、俺はいつも大真面目だった。
・・・
時々外人訛りの日本語を喋る男から、『モリ・モ・ト・さ〜ん』と営業部へ電話があった。結子宛の電話だ。
噂では金髪の外人と付き合っていて、その人の子供なのか、やはり金髪のベビーを乳母車に乗せて買い物をする結子を見たという話を聞いたことがある。
彼からの電話の数が余りにも多いので、男性社員から『モリ・モ・ト・さ〜ん』と口真似をされて、よくからかわれていた。海へ行きたい理由にそんなプライベートなストレスもあったのかも知れない。
彼女は若い男性社員とは話をしなかったが、その分俺には仔猫のようになつき、仕事の合間、俺の指をマッサージしてくれたりした。
・・・・・
その日はピーカンの空だった。
結子は漆黒の長い髪と、若鮎のような肢体を桃のような水着にまとっていた。やや浅黒い肌にそのローズピンクはコントラストが鮮やかだった。
二人で砂浜を歩くと周囲の視線を感じた。
見るからに歳の差がある水着のカップルは、きっと不自然に見えたのだろう。親子には逆立ちしても見えない。俺達は不倫でも何でも無い。ただ結子は俺が海へ行くと必ず後を追った。
彼女は全てを発散するように波に飛び込み、スラリとした肢体を砂浜に横たえた。
そして彼女の横に寝そべる俺は、家内とうまくいかない、半分生活に疲れたおじさんだった。
たまたまお互い、海がスキという接点があるだけで、俺達はめいめい別々な事をべつべつに、其々な事をそれぞれに、ボンヤリと考えて海を眺めていた。
短い時間だが泳ぎ、身体をリラックスさせ、俺達は太陽の恵みを堪能した。
そろそろ帰社する為、海の家でシャワーを浴びた。
彼女は俺の横のシャワーの囲いで、大胆にもビキニのブラジャーを外してシャワーを浴びていた。
一瞬覗こうと思ったが思い留めた。
その踏切線を越えてはいけないんだ。
乳房を見たら…
それが導火線になる。
俺には妻がいるんだ。
一瞬の気の迷いで不倫になっちゃいけないんだ。
…
俺は変に生真面目なところがある。
実は今でも覗いておけばよかったと後悔している。
…
俺達は9時から18時の営業時間に、11時から15時まで仕事もしないで海にいたことになる。
帰社すると二人だけ日焼けで顔が赤く焼けてしまっていた。やけに赤いからバレないかドキドキした。遊びに行ったなんて他の営業マンには口が裂けても言えない。
不倫という背徳感はこれっぽっちもないが、(ホントは少しはあるけど)仕事をさぼって海へ行って、女と遊んでいたという背徳感はある。
だから結子に極秘事項だと言ったのに…
それなのに…
こっそり…
人にバラして…
何、自慢してんだ?
