ちょうど今日中学時代の親友に、何十年ぶりに会っていた。白山神社の紫陽花を案内してから、巣鴨へ行き酒を酌み交わした。
眼の前にいるのは学帽を自己流に潰してアレンジした、あの中2の頃の高橋だった。今は白髪だらけの男だが、紛れもなくあの中2の高橋だった。
沢山の時が経過していた。そして変わったり、変わらざるを得ない事もあった。
話から笑い、そして涙を目に浮かべた。
明日又会えるのか、いや明後日にはもう会えないかも知れない。
会えなくなっても仕方がないとも思った。
それが人生だから。
『だいせんじがけだらなよさ』
さよならだけが人生だと
言った人がいた。
明日会えないなら、今日目一杯話そうと思った。
積もる話を減らしていき、それでも話しきれない。
又会いたいと思った。しかし又会える保証はない。
固く握手して別れた。この後もお互い一生懸命生きる為に。力を込めて言い聞かした。
元気でな。
ブログ『ARKさんのあんなこと、こんなこと』を読んだ。感動した。
親しみを持つと距離を感じなくなる。
古いリアルな友達よりも近く感じるのはなぜだろう。
もしかすると、これは人づきあいの良くないオレだからなのか。
そう考えると、
人に対して無礼で不器用な自分を思わざるを得ないが、それでも、変に気を遣うリアルな無駄話よりもずっと良い。
星の数程色々な付き合い方がある。
そうなんだ。
馬には乗ってみよ人には添うてみよ。
色々な出会いと別れがある。
今日会えても明日は分からない。
だからこそ魂のふれ合いだけは大切にしたい。