子供の頃従兄弟のお兄さんと、手漕ぎのボートで海へ出て沢山の魚を釣った記憶がある。
竿とか仕掛とか餌とか、何もかもセットされた状態での釣りなので、そこには何一つ自分の手を煩わせ、手こずりさせるものは無く、只々釣りは楽しいという思い出だけだった。
西伊豆の土肥海水浴場、そこから岸壁の見える位置に船を浮かばせ釣糸を垂れた。面白い様に釣れ、最後に取れたのはウツボだった。バケツ一杯に魚を入れて意気揚々と従兄弟と帰った。
釣糸を垂れれば魚の強い引きがある、その感触が大人になった今でも残っており、オレは同じく素人の友人を誘い三浦半島の金田湾へ出掛けた。
風が強い日は釣れないと聞いていたが、その日曇のち雨で風は無かった。海面も穏やかとは言えないが波はそれ程たっていなかった。
問題は手漕ぎボートを使い自力で沖へ行くつもりだったが、係船ロープで船頭が操るエンジンボートに繋ぎ曳航するところから始まった。
…えっ?
そんな遠くなの?
ボートの縁をしっかり握ってゲレンデのコブを跨ぐように、海面の波に乗っていく。
…えっ?揺れてる。
こんなはずじゃなかった。
簡単には陸へ戻れないポイントへ連れて行かれ、アンカーを沈めるように指示される。それを確認すると船頭は何事も無かったように立ち去って行った。
ボートは不安定で重心を間違えれば簡単に海に投げ出されてしまう。ボートのオールの使い方もままならない状況で二人きりになった。昔堀江謙一の太平洋ひとりぼっちという本を読んだっけ。
ボートの上で竿に仕掛けをして青イソメを付ける。その一つ一つにモタモタして、時間だけが過ぎていった。
曇っていたものの、時折雲を明るくする太陽光が見えたが、既に暗い曇り空へ変化していた。同時に波が高くなってきた。
少し浅瀬に戻ろうかと考えたが、それには又アンカーを引き上げなくてはならない事を思い出した。
ここはポイントだしもう少し粘ろうと思って竿を上げると、ヌルヌルする奇妙な魚が釣れていた。釣れたという感触より、気が付くと針に付いていた(後で店の従業員に聞いたらメゴチと言う天ぷらにしたら美味しい高級魚との事)
その時サーッと雨が波間を走るように振り、風が強くなってきた。
気が付くとすぐ側に先程の船頭のボートが寄り、曳航用のロープをオレたちのボートに投げてきたが、キャッチ寸前で海に落下するを繰り返す。
波が高まり雨が激しくなるに連れ、船頭の声が怒鳴り声に移行していく。
さっさと
とらんかい〜❣
帰れなくなるぞ〜❢❢
ようやくこちらのボートに引き込んだは良いが、ジョイントする金具が、アンカーのロープに紛れ見つからない。
オラオラオラ〜〜❣❣
ガミガミガミガミ〜❢❢
波音、雨風に混じり、何を言っているのか、怒鳴り声しか聞こえない。
不安定な体勢で、重いアンカーを引っ張り上げ、ロープを手繰り、文字通り全身を酷使していた。
とうの昔に店主と顧客の関係は逆転し、命を預かる者と命を委ねる者の、憐れな命乞いの主従関係になった。雨に打たれ身体はどんどん冷えていった。
大波の海面にいつ投げ出されても可笑しく無い。ボートが沈んだり、漂流、遭難しても可笑しく無い。オレたちのボートの後に4艘のボートを繋げてやっと陸に向かう事が出来た。
1分1秒のギリギリの刹那の中、暴力とも思えるパワハラで船頭はオレたちの尻を叩き続けた。
・・・・・・・・・
船頭はオレたちを守った。
オレたちは生還できた。
あの緊急事態で、客に敬語なんて使っている余裕が有るはずがない。後になって改めてそう思う。
その骨身に沁みる暴言の数々が、痛く、しかし心地良く体の芯に残っていた。
生きるとは何か、生きているとは何か、それを実に端的に教えてくれた。

