中2のころに倒れた、そのとき自分は耳もきこえへんわ~。
なんか変やけどまぁもどるかと思っていた。きづいたら保健室だった。
ベッドの上でなんでこんなとこいるんやろう
ここどこやろうって、ちいさい頭で記憶をたどった。
どうやら、体育の時間に倒れたらしいそれは日曜日の次の日で
朝礼があった、日常であればおぼえているはずがない細かな様子を
いまだに覚えている。
月曜日から俺の闘いははじまった。
学校から病院に連れて行かれるとき、たぶん俺はしぬんかもなぁって
恐怖にやられていた。そのときに横をバイクで通ったおかんをみたときは
安心感のおおきさってものはなかった。覚えておきたくもないその日は
俺の記憶からきえることのない日となった。
あれから10年以上たった今、いまだにたたかっている
他のひとからみたらただの引きこもり?無職?遊び人?ニート?
そんなネガティブなものにしかみられないだろう。
でもこの苦しみは誰にもわからない。
倒れる恐怖、、かも、かも、かも恐ろしい。
何度そとでたおれて他人に迷惑をかけたものか
なんどもこんなことなってるから感覚でわかってしまった。
わかりたくもないのに。
自分にかてる人間になれるだろうか
同級生は働き結婚し、家庭をつくっている。
あせりなんてものはないけど、俺はスローな人生だなぁって思う
はやければええってもんじゃないけど。
俺の使命はなんなんやろう。
いまだそれはわからずやけど
絶対わかるときがくるはず
そのときには偉大な人間になっていたい
草食?そんなもんくそくらえだ。上を見ないで
人間はいきていけない。上をみたからこそ進化してきた。
中2のときに倒れていなかったらどうなってただろうか
最近よくそれを考える。
たらればは意味がないけれど
みんなと同じようにごく普通に生きていたのだろうか
いつかきっと、倒れたからこうだったんだと
言えるようになりたい。
「お天気はかわりやすいね~」
詩:ひげ
人は人に影響され
人は人に助けれられ
人は人にうらぎられ
人は自分のことなのに人に理由をもっていくというくせもある
いいわけはもっとも臆病なものにみえる
人は人によってつぶされたりつぶしたり。
でも、
決して忘れてはいけない自分の信念を。
決して忘れてはいけない感謝の思いを。
決して忘れてはいけない世界はもっと広いんだということを。
決して忘れてはいけない他のために行動することがどれだけ美しいことかを。
決して忘れてはいけない生と死は表裏一体であるということを。
人は一人なのである。
だからこそ、人はくっつきあいたがるんだな。