森脇監督の広島土砂災害への義援金。
金額の100万円というのも凄いが、メッセージが素晴らしかった。
「いま、私が野球に携われることができるのも、広島の皆様の支えがあっのことだと思っております。本来であれば直接、被災地に趣き、救助活動のお手伝いをするべきではありますが、それもかないませんので、このような形になりました」
森脇監督は、古葉監督時代に近鉄バッファローズからトレードでカープ移籍。
当時もハンサムボーイで、確かローリングスのカタログにて、ユニフォームのモデルにも選ばれた人。
カープ時代は背番号23番をつけ、高橋慶彦氏と同じくショートのポジションだった。
獲得した経緯も、高橋慶彦氏の膝の故障が再発した場合のバックアップ要員で、目立った活躍もなく、南海ホークスに移籍。
カープ時代で有名だったのは、亡くなった津田恒美さんと、兄弟のように仲がよかった。
(これは、津田さんが亡くなり知った)