今日は、土曜日。
学校はない。
夏喜は、朝方バイトから帰ってきて、まだ寝ている。
金曜日の夜は、普段以上に店は賑わって、帰りはいつも遅い。
小夜子さんも、昨夜は夜勤だったらしく、まだ起きてこない。
私は一人、暇だった。
きっと昼頃には起きてくるだろう彼らに、昼食でも作っておこう、そう思い、キッチンに立ち、冷凍しておいたご飯で、チャーハンを作った。
それが出来上がって、十二時を過ぎた頃、ようやく夏喜が起きてきた。
「夏喜、おはよう」
「あぁー、おはよう」
あくびをしながら、頭をポリポリ掻いている。
どうやらこの仕草は、彼の癖らしい。
真っ先に冷蔵庫に行って、麦茶を取り出す。
それも、私が作ったものだ。
この家の中は、自然と私が手にかけたもので染まりかけている。
「なんかいい匂いする」
夏喜がフライパンを覗き込んで、くんくん、と鼻を嗅ぐような仕草をする。
「チャーハン作ったんだけど、食べる?」
「うん、食べる」
「じゃあ準備するね?私も一緒に食べちゃおう」
ここに住み始めて、まだ二度目の週末で、夏喜とこうして一緒に食卓に着くのは、数回目だ。
「母ちゃんは?」
彼らも、ほとんど顔を合わせることはない。
だけどこうしてお互いを気にかけながら暮らしている。
思いやりが見えて羨ましい。
「まだ寝てるみたい。昨日夜勤だったみたいだから」
「あぁ」
お互いのスケジュールさえも把握していない。
そんな二人の架け橋に、最近は私がなれているような気がする。
その時、小夜子さんが起きてきた。
「いい匂ーい、チャーハン?私も食べていい?」
「もちろんです。準備しますね」
「あ、いい、いい。自分でやる」
腰を浮かせかけたところで、小夜子さんが制した。
私は再びダイニングに座って、スプーンを手にする。
でも何か先に食べてることが申し訳なくて、彼女の着席を待つ。
「藍ちゃんがこうしてご飯作ってくれて、ほんと助かってるわよねぇ?」
小夜子さんが言う。
「ほんとですか?」
嘘だとしても、その言葉は嬉しい。
「ね?」
小夜子さんが夏喜に同意を求める。
「あぁ、まぁ」
「うち、ほんと生活スタイルバラバラだから、こうして一緒にご飯食べることも、ほとんどなかったし。藍ちゃんが来てくれてすごく華やかになったわぁ」
「ほんとですか?」
「洗濯や掃除もしてくれるし、私は楽させてもらっちゃって、助かってるのよ?これならもう少しシフト増やせるかも」
嬉しい。
人の役に立てていることが。
でも、ほんとにこれでいいんだろうか。
「そうだ、これから、お買い物も藍ちゃんに任せちゃダメかしら?」
「え?」
「藍ちゃんが作りたいもの、選んで好きに買ってきてもらっていいのよ?」
「おい」
夏喜が一言入れる。
「ダメかな?お金は、食費として決まった額毎週渡していくから、そこでやりくりして買ってきてもらえない?ほら、買い手と作り手が違うと、何買ってきたらいいか、分からないし」
「私は、いいですけど…」
「ほんと?じゃあお願いしちゃおうかなぁ?」
「でも…」
「ん?」
「ほんとに、いいんですか?」
私はいったい、いつまでここにいられるのだろう。
もうそろそろ十日だ。
他人の家に無償で連泊するには、そろそろ気が引ける。
「別に、うちはいつまででもいてもらって構わないのよ?」
「でも…」
「お家のことが、気になる?」
「それは、ないですけど」
家のことは気にしていない。
ヒロトからの連絡はしつこいけど、もうあそこには戻りたくない。
むしろ、私が気にしているのはこの家のことだ。
赤の他人を、そんな風に無条件で迎え入れてくれる、この人たちの優しさだ。
「お家の人たちには、なんて言ってるの?」
「家のことは、いいんです。もともと、帰ってなかったから」
「そう」
小夜子さんだって、うすうすは気が付いているんだろう。
私が、家出少女だってことを。
「この家に、ご迷惑かけるようなことは、したくないので…」
「大丈夫よ、迷惑なんて思ってないから」
「でも…」
せめて、何かしたい。
「何にも返せてないのが、申し訳なくて」
「返してもらってるじゃない。こうしてご飯作ってくれて。家の中のこともしてくれて。夏喜も、何だか明るくなったし」
「おい」
ふふ、と小夜子さんが笑う。
「ありがとうございます。そんな風に言ってもらえて、嬉しいです。でも、せめて、何か…。ただで住まわせてもらってるのが、申し訳なくて。食費とか、入れれたらいいんですけど、」
でも、私には、生活能力がない。
親からお小遣いを貰ってここに支払っても、喜ばれない気がする。
「だったらバイトすれば?」
「え?」
言ったのは、夏喜だ。
「うちは一万でも二万でも入れてくれたら助かるんだし、ただ飯食うのが悪いって思ってんだったら、バイトすりゃいいじゃん。コンビニとか、ファミレスくらいなら、お前だって出来んじゃねぇの?」
「バイト…」
でも、それって。
「バイトかぁ?藍ちゃんどう思う?」
「やって、みたい」
私でも、出来ることがあるだろうか。
そして、ここにお金を入れることが出来るんだったら、なおさらやってみたい。
「藍ちゃんがやりたいんだったら、私は賛成。それで藍ちゃんの罪悪感も消えるんならね。住所や連絡先は、ここを書くといいわよ」
「いいんですか?」
多分、未成年だったら、保護者確認欄とかあるんじゃないだろうか。
「構わないわよ。バイトだもん。何かあったときの緊急連絡先が必要なだけだろうから、私が書いてあげる」
「ありがとうございます!」
「じゃ、決まりな。お前が好きなこと見つけて、それやればいいじゃん」
ごちそうさまと言って夏喜が立ち上がる。
好きなこと、か。
「あんま詰め込みすぎねぇで、無理ない範囲でいいよ。家のことも、無理しなくていいから」
「それは、私も賛成」