Escape 8 | ♡妄想小説♡

♡妄想小説♡

主に妄想記事をあげています。作品ごとにテーマ分けしていますので、サクサク読みたい方は、テーマ別にどうぞ。 ※物語はすべてフィクションです。  
たまに、推しへのくだらん愛も叫んでます

それから私は、毎日のように店に通うようになった。



オープンする七時には行って、閉店まで何かの手伝いをする。



バイト代はいらないからという私の言葉に、翔さんは申し訳なさそうにしながらせめても、と言って店の賄いを食べさせてくれた。



それだけでも私には、十分ありがたかった。



「ねぇ夏喜、ライン教えてよ?」



ここに来るようになって一週間。



最近では、ずいぶん親しく話せるようになった。



もう、呼び捨てすんじゃねぇよ、なんて夏喜は言わない。



一瞬眉を上げてこちらを見た夏喜が、すぐにふいっと、視線を逸らす。



「いやだ」



「えー、何で、ケチ!」



「何でお前に教えなきゃなんねぇんだよ?いらないだろ?」



「いるよ!何で嫌なの?」



断る意味が分からない、とばかりに眉をひそめる。



「だってお前必要以上に変なスタンプとか送ってきそうだし」



「いーじゃん、だってそれがラインでしょ?」



意味もなく、おはよう、とか、ねぇねぇ、とか。



かわいいスタンプを送り合う。



友達とそういうことするの、ちょっと夢なんだけど。



「あー、夏喜、友達いないんでしょ?」



夏喜は、普通の高校二年生とは思えないほどの、雰囲気があるし、学校でも人に対してこんな風に冷たい態度を取っているんだったら、あり得る。



「うるせぇよ」



「いないんだ?」



「うるせぇな、いるって、友達くらい」



「ほんとぉ?だったらよくない?私にも教えてくれたって」



「やだ」



ふい、と顔を背ける。



なんか、たまに子供みたいな表情をすることがある。



すらっとした面長のくせに、頬っぺたと唇は少し丸みを帯びてぽってりしているからだろうか。



なんか、かわいらしい。



初めて見た時の威圧感は嘘のように、全然怖くない。



「お前は?いんの?友達?」



今度は逆に夏喜が質問してきた。



「いると思う?」



「いるわけねぇか」



「いるわけないじゃん。こんな私。学校行っても浮いてるし、誰も近寄ってこないよ」



「…そう」



「だから、今んとこ私の友達は夏喜一人」



「いや勝手に友達認定してんじゃねぇよ」



「だって友達でしょ?」



「友達じゃねぇし」



「素直じゃないなぁ?じゃあ友達になってあげるよ?」



「いらねぇ」



「ケチー、だってライン知らなかったらさ、何かあった時、連絡出来ないじゃん」



「何かあった時って?」



「んー、例えば急に連絡しなきゃいけなくなった時。助けてほしい時とかさ」



「…お前、また何かしてんの?」



「何かって?」



「つーか毎日どこで寝てんの?まだ男んとこ戻ってねぇんだろ?昼間何してんの?」



夏喜のその質問に、私はにや、と頬を緩ませた。



「心配してくれてんの?」



「ちげーし!」



ぶ、っと笑いが込み上げてくる。



何だかんだ、やっぱり悪いやつじゃない。



「別にこないだみたいなこと、してないよ?漫画喫茶行ったり、たまには学校行ったり。…って言っても保健室で寝てるだけだけど。…それと、お母さんにも、時々会ってる」



夏喜がこっちを見るのが分かった。



うまく表現出来なくて、私は自分の手元を見つめる。



実際には、たった十七歳の私が、家を出てお金もなく、一人で生活出来るわけがなかった。



ここからはバイト代も貰っていないし、時々お母さんに会って、お小遣いを貰うしか、私には生きていく術がないのだ。



「本物の、母ちゃん?」



ここで、"本物の母ちゃん" なんて言葉が出るところが、夏喜も普通じゃない感覚を持っているんじゃないかって、想像することが出来る。



こんなところで夜中までバイトしてるくらいだ。



夏喜にも、家庭の複雑な事情があるんだろう。



「そうだよ。うるさくってさ、たまには帰って来いって」



「いい母ちゃんじゃん」



「世間体気にしてるだけだよ。娘が全然家に帰ってきてないなんて近所に知られたら、自分のプライドが許さないだけ。私のためじゃない。私のことが本当に大事なんだったら…」



もっと、ちゃんと考えてくれたはずだ。



「それでも、いないよりはましだろ」



え、と夏喜の方を見る。



「夏喜は?お母さんいないの?」



だからバイトを?



「いるっつってんだろ?ここでバイトしてることも知ってる。余計な詮索すんなよ」



「でも…」



じゃあ何で?と聞きたくなる。



初めてここで朝を迎えた時、翔さんも夏喜には色々ある、って言ってた。



彼の抱えるものって何?



「つーかさ、お前、学校くらいちゃんと行ったらどうなの?」



「え?」



「そんなたまにしか行かねぇで、出席日数やばいんだろ?そんなんじゃ、マジで留年なるぞ?」



「うーん、分かってるって」



「分かってねぇだろ?マジで、今時高校くらい出とかないとやばいぞ?大した働き口も見つかんねぇで、男に養って貰って生きてくしか出来なくなるぜ?そうやって男とケンカした時には追い出されてるんじゃ、どうしようもねぇじゃん」



今現在、ヒロトに追い出されて行くところがなくなっている私への嫌みだと思った。



「はいはい、分かってるって。説教しないでよ」



夏喜のこの言葉は正しかったのに、私は、そうやって聞き流すことしか出来なかった。



だって、事実、だから。