新入社員と私。~その後~⑧ | ♡妄想小説♡

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主に妄想記事をあげています。作品ごとにテーマ分けしていますので、サクサク読みたい方は、テーマ別にどうぞ。 ※物語はすべてフィクションです。  
たまに、推しへのくだらん愛も叫んでます

エプロンをつけてベッドから立ち上がった時、ポケットの中でスマホがピコンと音を立てて震えた。



開いてみると、そこには、山下からのメッセージが入っていた。



"俺らがメシ行ったこと、もう中島にバレてもうてるで。うまくやれよー"



と、そこにはあった。



冷や汗が垂れるかと思った。



知っていたのだ、彼は。



だから、帰るなり、私をあんな風に強引に抱いた。



嫉妬、といえば聞こえはいいのかもしれない。



女としては、喜ばしいことなのかもしれない。



だけど、先程のやりとりは、会話になんかならないほど、矛先は怒りに向いていた。



あんな中島くん、初めて見た。



あんな風に声を荒げるところなんて、付き合ってこの方、一度も見たことがなかったのに。






私は、マンションのエントランスを出て、道路へと伸びる階段の一段目に腰かけていた。



俯きがちに顔を下げて、膝を抱える。



こんなこと、前にもあったな。



まだ、付き合う前、風邪を引いた中島くんに食材を届けた時。



そう、あれは中島くんのマンションだった。



私はまだ山下と付き合ってて、彼とは別れられないから、中島くんにはもう会えないと突き放した。



それなのに、心配で会いたくて、中島くんのマンションに行ったのだ。



だけど、酷いことを言って突き放した私は、そのままマンションから追い返されて。



こんな風にエントランスの階段で膝を抱えて泣いていた。



あの時は、中島くんが来てくれたんだった。



怒らせてるはずなのに、駅まで送ると言ってくれた。



中島くんは優しい人だ。



だけど、今日は、きっと来てくれない。



もう、どうしたらいいのか分からない。



着の身着のままで家から飛び出してきた。



所持しているものは、スマホだけだった。



つけたままのエプロンのポケットから、それを取り出す。



中島くんになんかかけられるはずがない。



私は、そっと指を動かし、スマホをタップした。







どうしてあの人に電話をかけてしまったのか、自分でも分からない。



もし中島くんにバレてしまったら、今度こそケンカじゃ済まなくなってしまうかもしれないのに。



でも、今、私を助けてくれる存在なのは、確実に、彼だけだった。



家から少し離れた公園で、彼を待った。



街灯に照らされてこちらに歩いてくる山下を見つけて、頬がホッと緩む。



少し息を切らしているような気がするのは、私の気のせいだろうか。



「マキ…」



「ごめん、こんな時間に呼び出して。まだ会社だった?」



「それはええけど、どないしたん?」



山下は、私が座るブランコの隣に、同じように腰掛けた。



「なに?その格好?」



「え?」



山下が言うので、自分の服装に目を落とした。



「エプロンなんかつけて、どないしたん?」



「変?」



「だってマキ、エプロンなんかつけたことなかったやん?どういう心境の変化?」



「別に、よくない?」



「エプロンつけたまま買い物来ました、って、サザエさんか!?」



「何それ?」



「だって、お魚咥えたどら猫、追っかけて♪って、」



「それは、裸足で駆けてっただけで、エプロンつけたままとは言ってないでしょ?」



「そうか?でも、サザエさんのイメージ、エプロンつけたまま近所にお買い物やろ?」



「そうだっけ?」



「そうやろ」



「もー、どうでもいいけどさ!」



私は、何だか恥ずかしくなって、エプロンのひもを外し、体から抜き取ると、小さく丸めて膝の上に置いた。



「まぁええけど、どないしたん?中島とケンカでもしたか?」



確信に触れられたことで、私は黙り込み、こくりと頷いた。



「まさか、昨日のことが原因とかじゃないやろな?」



「……」



何も言葉にしなかったけど、私の表情で分かったのだろう、山下は深くため息をついた。



「やけんうまくやれよ、って言うたやんかー!せっかく忠告してやったんに」



「だって…」



そのメッセージが原因だ、と言ってやりたくなる。



「颯ちゃん、知ってるくせに何も言わないから…」



「ふぅん、颯ちゃんねぇ?」



「あ…」



そう呼んでることがバレて、急に恥ずかしくなる。



「で?それでそんな格好で家飛び出してきたんか?」



「…うん」



「中島のことが好きなら、家帰ってちゃんと話せよ?こじらせる前にはよ仲直りしとけ」



「帰れない…」



「はぁ?」



「鍵、持たずに出てきちゃった。もし中島くん怒って帰っちゃってたら、家、入れない」



「はぁー!?」



「お財布も、何も持ってない。スマホしか」



「それ、中島知っとるんか?」



「…分からない」



「怒って帰ったりとかせんやろ?子供やないんやから。もしそうなら俺、中島のこと見損なうで?つーか、一緒には暮らしてへんの?」



こくん、と私はまた頷いた。



「俺から電話したろか?」



ぶんぶん、と頭を振る。



そんなことしたら、きっともっと中島くんを怒らせる。



「やったら、自分で電話してみろよ?」



「…無理」



「ならどないするん?」



「中島くんが、あんなに怒ってるとこ、初めて見た。私が、怒らせた」



「それって俺のせい?」



「ううん、違う。巻き込んでごめん。何でだろ、ごめん、ほんと。今日もこんな風に呼び出しちゃって。どうかしてた、私」



「それはええって言うてるやん」



山下の声が、一つ柔らかくなった気がして、ズキン、と胸の奥が疼く。



私はこの人の優しさを、利用した。



この優しさが、欲しかったんだ。



「マキ…」



今度はワントーン声色が落ちた気がして、隣の彼を見つめた。



夜の闇の中、真剣な顔をしているのが分かる。



「戻ってくるか?俺んとこ」



「え?」



お互いブランコに座ったまま、見つめ合う。



「俺んとこ、戻ってきても、ええんやで?」



「何、言ってるの?だって、奥さん…結婚するんでしょ?」



「俺は、マキがそうしたいって言うんやったら、何でも出来るで?」



「まさか…そんな、」



戻れるのだろうか。



あの頃に。



好きだった、確かに。いつも優しくて、笑顔が耐えなくて、尊敬も出来て。



そんな彼が好きだった。



山下が立ち上がる。



私が座るブランコの前に、彼がやってくる。



右手を差し出された。



迷っていると、有無を言わせず私の左腕を取って、山下が立ち上がらせた。



エプロンが足元に落ちる。



間近で、しばらく見つめ合った。



中島くんより背が高いな、そんなことを思った。



くいっとその左腕を引かれて、一連の動作のようにポン、と山下の胸の中に納めされた。



なぜか今でもしっくり来る、その場所。



「けんちゃん…」



「戻ってきたらいいやん、俺んとこ」



耳元でそう囁かれた声も、大きな彼の体も、スーツから漂う匂いも、全部、あの頃のままだった。