私たちが住む街で毎年開催される、クリスマスファンタジア。
冬に花火が上がるイベントで、九州内では結構有名だ。
昨日二学期の終業式を終えて、今日から冬休み。
イベントの初日、私はなっちゃんを待っていた。
『なっちゃん…ごめん』
二人で一緒に帰りながら、私はそう告げた。
『どうしたと?なんで謝ると?』
背が高い場所から、なっちゃんの優しい声が降ってくる。
『私、明日…』
二人でファンタジアには行けない、そう告げた。
みんなで一緒に行きたい。
なっちゃんとは、付き合えない、そう言った。
どんなに身勝手だったろうと思う。
どれだけ、なっちゃんを傷つけただろうと。
『なっちゃんにも、来て欲しい』
そう言ったけれど、その言葉の返事は、貰えなかった。
なっちゃんの気持ちを考えたら、そんなの許されないことなのかもしれない。
それでも、待ちたかった。
それが、昨日のこと。
約束の時間、まだなっちゃんはここには現れていない。
待ち合わせ場所に一番に着いた私のもとに、順々にみんなが集まってくる。
「希子ー」
最初に来たのは颯太と葵衣だった。
私は、ひょっとしたら葵衣は、颯太の気持ちに気付いているんじゃないだろうかと、最近思うことがある。
黎弥を想う二人の間で、何か通じるものがあるのかもしれないと。
それでも何も言わずいつも通りの友達関係を続けている葵衣はやっぱりさすがだな、とも思うけれど。
「今日は来てくれてありがとう」
二人を前にして、そう言った。
「別に、予定なかったし」
仏頂面で言うのは、颯太。
「ごめんね、黎弥の彼女も一緒なんだけど」
葵衣に向けて言ったけれど、内心颯太に対してもごめん、と告げた。
だって好きな人の彼女とか、見たくないだろうから。
私の勝手でこんなことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ないと思う。
「私さぁ、もう黎弥のこと、諦めようと思うんだよねぇ?」
そうしたら、葵衣がびっくりするような発言をしたので、驚いた。
「え、何で?」
あんなに、彼女が出来ても、何があっても黎弥のことを好きだった葵衣が。
どうして。
「んー、もういい機会かなって。もうすぐ卒業やし。どうせこの恋は実らんし、このままずっと片想いしてるのも、ね?大学では普通に恋もしたいしさ」
「そっか…」
「ま、だからって言って、本当に気持ちにけりがつけられるかどうかは、分からんっちゃけど。黎弥見たら、やっぱり好きって思うかもやし」
「そうだよね」
好きな人が目の前にいるのに、簡単に気持ちって変わらないものだ。
「ね?颯太?」
考えていたら、葵衣がいきなり颯太に振るので、驚いた。
颯太も、びっくりしてなんと返していいか分からない様子だ。
やっぱり葵衣は颯太の気持ちに気付いていたんだろうと、確信した瞬間だった。
そのうちに、黎弥がやって来た。
隣には、黎弥の彼女だ。
茶髪の巻髪で、ちょっとギャルっぽい。
でも、めちゃくちゃ美人さんだ。
「これ、彼女のミカコ。よろしく」
黎弥が紹介する。
「ミカコです。よろしくお願いしますー」
黎弥からこれまでに聞いていた話だけで想像すると、ちょっと気が強くてやきもち妬きなのかな、と思っていたけれど、はっきりとした挨拶と、笑顔が素敵でいい子っぽい。
人の印象って、第一印象のちょっとしたことだけで決まっちゃうから、不思議だ。
「夏喜は?まだ?」
黎弥が聞いた。
「うん、まだ」
ちょっとだけ不安になる。
やっぱり来てくれないんじゃないだろうかと。
「大丈夫やって。ちゃんと来るけん。心配すんな!」
黎弥はポン、と私の肩に手のひらを乗せた。
「うん」
黎弥の言葉には、なぜか人を安心させる力がある。
「北人ー、こっちこっちー」
しばらくしたら、北人がやって来た。
午後三時、約束の時間ぴったりだ。
いつも通りの北人の姿に、ほっとする。
目が合って、にこ、と微笑んでくれた。
少しだけ、以前と同じように接することが出来るようになったと思う。
北人とは、もうきっと大丈夫、そう確信した。
「あとは、夏喜やね?」
黎弥の言葉に、ドキッとする。
なっちゃんは、まだ来ない。
辺りを見回してみても、背が高くて人から一個頭が飛び出てそうななっちゃんの姿は、見えない。
はぁ、ってため息をついてしまいそうだ。
約束の時間を過ぎて少し待ってみても、なっちゃんは来なかった。
やっぱり、私の考えが身勝手すぎたのだろうか。
「人増えてきたし、ちょっと移動する?」
待ち合わせのメイン会場は、少しずつ混雑してきている。
「あ、でも」
もし、なっちゃんと入れ違いになってしまったら。
「大丈夫やって。ちゃんとライン入れとくし」
私の気持ちを察するかのように、黎弥がそう言った。
「…うん」
なっちゃんの姿をまだにして、私たちは、その場を離れた。
スマホをずっと気にしながら、メイン会場の出店を、みんなで回った。
私のところにも、誰のところにも、なっちゃんからの連絡はない。
普段、約束事に遅刻なんてめったにしないなっちゃん。
て、ことは、やっぱり来るつもりがないんだろう。
今日は、もうダメか。
仕方がない、自分のせいだ。
あれだけなっちゃんに心許しておいて、やっぱり付き合えないなんて、やっぱりみんなと一緒に花火が見たいなんて、許されないことなんだ。
辺りがだんだん暗くなっていく。
冬の花火、打ち上げまであともう少しだ。
みんなで花火を見たかったけど、今年はもう、叶わない。
「希子」
その時、隣の北人が私を呼んだ。
夜の空は、ずいぶん沈んで、一番星が輝いている。
北人のきれいな顔立ちと、それがマッチする。
「なに?」
「あれ、見てみ?」
北人が指差す方を見た。
遥か遠く、海岸沿いを東に向かった、指先の向こう。
出店が並んでいて、あちらの方はまだ明るい。
そっちの方から、見覚えのあるシルエットが見えた。
カーキ色のロングジャケットを羽織った、背の高いシルエット。
顔が小さくて、スタイルがいいということが、一目で分かる。
なっちゃんだ。
「夏喜ー!こっちー!」
北人の向こう側にいる黎弥が叫ぶ。
その左手は、スマホを持ち、耳に当てている。
どうやらスマホで連絡を取っていたらしい。
なっちゃんが小走りでこちらにかけてくる。
「やっと全員揃ったな」
誰からともなく聞こえてくる言葉。
こうしてみんなで何かを迎えるのは、本当に久しぶりだ。
それだけで、涙が出そうになる。
あの日、教室の片隅で線香花火をした日。
あれが、私の中ではずっと大切なものだった。
みんなで迎える、大切な一瞬一瞬。
これからも、大事にしたい。
守りたいのは、それだった。