片隅 希子⑰ | ♡妄想小説♡

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主に妄想記事をあげています。作品ごとにテーマ分けしていますので、サクサク読みたい方は、テーマ別にどうぞ。 ※物語はすべてフィクションです。  
たまに、推しへのくだらん愛も叫んでます

今朝から、なっちゃんとうまく会話することが出来なかった。



黎弥が、夏喜、と叫んだ電車の中で、私はびく、と体を震わせた。



今は、どんな顔をして会ったらいいのか分からない。



とっさに、昨日のことも嘘を付いてしまった。



傘を持っていた、と。



本当は、北人の傘に入れてもらって帰ったのに。



それから北人との間に起こったことも。



当然言えるわけがない。



だから、黎弥がいてくれてよかった。



黎弥がずいぶんその場を和ませてくれた。



放課後も、北人が誘ってくれたおかげで、なっちゃんと二人帰れない口実ができた。



なっちゃんがいる目の前で誘われたことで、わざわざ断りを入れる必要もなかった。



健二郎先輩に会いたいのはもちろんだけど、そんな理由もあって、私には都合がよかった。




体育館に行くと、懐かしい香りに包まれた。



バスケットボールのゴム製の独特なにおい、バッシュが擦れるキュッて音。



そして何より、健二郎先輩がそこにいる空間。



「ナイッシュー」



って、仲間にかける声が先輩だ。



口を大きく開けて笑う姿も懐かしい。



「俺も行ってくるわ」



隣に立っていた北人が、子供みたいな顔をして勢いよく駆けて行った。



健二郎先輩に声をかけている。



先輩も気が付いたらしく、手を止めていくつか会話を交わした後、北人もそこに交じり、一緒にミニゲームを楽しんでいた。



かっこいいなぁ、と思う。



健二郎先輩は、その場にいる人の空気を一瞬にして変えてしまう。



みんなが笑顔になれる。



そんなところが魅力だと思う。



バスケをしている姿は、何よりもかっこよくて素敵だ。



好きだったな、先輩のこと、と昔を思い出してしまう。



それでも今は、こんなにもただの憧れに変わり、気持ちを吹っ切ることが出来た。



いつかは、こうして北人のことも、思い出に変わる日が来るのだろうか。



でも…



先輩は、はっきりと私のことを振ってくれた。



彼女がいるから、とチョコさえも受け取らずに、ごめん、と言われた。



北人は、そうじゃない。



かつて好きだった人に、俺も好きだ、と言われて、簡単に思い出になんて変えられない。



今だって好きな気持ちが溢れてきて、どうしようもなくなっているのに。



北人がスリーポイントシュートを決める。



ボールを見つめる真剣な顔が、どんな時よりも一番好きだった。



そして、それが決まった時に見える、嬉しそうな笑顔が、もっと。



その笑顔で、北人がこちらを振り向いた。



目が合って、ドキン、と心臓が跳ねる。



健二郎先輩を見ていたはずなのに、いつの間にか私は、北人ばっかりを目で追っていたのだ。






「希子ちゃん」



部室で探し物をしていると、健二郎先輩に声をかけられた。



「先輩、どうしたんですか?もう練習しないんですか?」



「うん、ちょっと休憩。もう高校生の体力にはついていけんけん」



「あはは、一個しか変わんないじゃないですか」



「運動、全くしとらんけんね、全然違うよ。希子ちゃんは?引退したとに、まだ仕事しよると?」



「あ、スコアブックとビブス、足らんち言うけん」



「仕事熱心やね。そんなん後輩にやらせればいいとに」



「動いてた方が、性に合ってるんで」



「ふぅん。でも、ちょっと休憩せん?」



はい、と健二郎先輩は両手に持っていた缶のジュースの片方を、私の方に掲げた。



「え、でも、」



これを持っていかないと、と私は自分の手中にあるビブスに目線を落とす。



「あぁ、それ、大丈夫大丈夫、全然急いどらんけん。はい」



先輩は、コン、と部室の真ん中に備え付けられているコンクリート質のベンチにそれを置いた。



「いいんですか?」



ベンチに置かれた缶ジュースを見つめる。



先輩が好きだった、炭酸入りのエナジードリンクだ。



「もちろん。俺のおごり」



先輩は、ベンチに座りながらそう言った。



わたしも笑って、そこに腰かける。



背もたれがないベンチ、先輩の向く方とは逆に、互い違いに座るようにして。



「ごちそうさまです」



プシュッとプルタブを引きながら、言った。



なっちゃんとは別の意味で大きな先輩の体。



それを隣に感じながら。






「希子ちゃんさぁ、彼氏出来た?」



「え、何でですか?いきなり。そんなの、いませんけど」



「そうなの?じゃあ、好きな人は?」



「……」



昔好きだった人に恋愛事情を突っ込まれて、どう答えていいのか分からなくなる。



これは、どういった意味の質問なのだろう。



「北人は?付き合っとらんと?」



北人の名前が出てきて、ドキ、とする。



「何で北人ですか?」



「好きっちゃないと?北人のこと」



「それは…」



「北人の方も、好きやろ?希子ちゃんのこと。俺は、てっきり二人はもう付き合っとるんやと思っとったっちゃけど」



「確かに、そう言われることは、よくありましたけど、…違います」



「何で?北人はずっと希子ちゃんのこと好きやったやん?希子ちゃんは?」



「北人のことは好きでした。でも、今は違います。すれ違っちゃったんです、私たち」



「すれ違ったって?何で?」



「好きだったけど、告白出来なくて、私が他の人に目移りしちゃったんです」



「告白?何で出来んかったと?」



「だって、もし告白して振られたら、それまでの関係もなくなっちゃうし、友達でもいられんくなって、気まずいじゃないですか?」



「俺にはあんなに一生懸命好きだって言ってきた希子ちゃんが?」



「え、先輩、覚えてたんですか?」



「当たり前やん。覚えとるよ、嬉しかったし」



「えー、マジですか?でも先輩ガッツリ振ったじゃないですかぁ?」



「そりゃああん時は彼女おったし、ごめん、って言ったけど、でも希子ちゃんに告白されて嬉しくないわけないやん?」



「先輩、うますぎ」



あの史上最強に恥ずかしい告白を今思い出されて頭を抱える。



「北人にもあんな風に正面から好きです、って言えばよかったとに」



「だって、先輩には当たって砕けろ精神で、とにかく気持ちを伝えたいってだけだったし、むしろうまくいくわけないって思ってたし」



「北人にはそれが出来んかったわけね。まぁ、それは置いといて、じゃあ今は、その新しい人?が好きと?」



「…はい」



「嘘やん、希子ちゃん、北人のこと見つめる目、好きな人を見る女の子の顔しとったよ?」



「え…」



「めっちゃ愛しそうにバスケしよるとこ見よったやん?」



「恥ずかしいです。そんなの見てたんですか?」



「うん、かわいいなぁって思って」



「もー、先輩、なんか口軽くなりました?」



「希子ちゃんにはさぁ、ちょっと悪かったなぁって思っとるとよ」



「え?何でですか?」



「あん時、チョコすらも受け取らんくて。申し訳なかったなぁ、って。手作りやったやろ?あれ。後から彼女に言ったらさぁ、そんなん、受け取ってやればよかったとに、とか言われて。そんくらいでやきもちとか妬かんし、って」



「あはは、そうだったんですね?」



ずいぶん後から知ったけど、健二郎先輩の彼女は、同じ高校の先輩と同級生で、すごく美人でスタイルがよくて、性格もいいんだと評判の、女の人だった。



「俺の気持ちも知らんでなぁ?」



噂でだけど、今でも付き合っているんだと聞いている。



きっとお似合いの二人なんだろう。



やっぱり素敵だな、って思う。



「先輩…実は、最近北人も私のこと好きでいてくれたってことが、分かって」



「うん」



「どうしたらいいか分かりません」



「今さら、とか思っとる?」



「…はい」



「そんなん、遅いとか、関係ないとよ?今希子ちゃんが好きだって思う方を選んだらいいやん。まだ間に合うよ?」



「先輩、やっぱりかっこいいですね?」



「そう?じゃあ、俺と付き合う?」



「付き合いません」



隣にある、健二郎先輩の顔を覗き込んで、言った。



含みを込めた笑いから、先輩が大口を開けて笑い出す。



「わはは、やっぱり希子ちゃん正直やなぁ、そういうとこ、いいと思うよ?俺好きやなぁ」



「ありがとうございます。先輩、ついでにもう一個、聞いていいですか?」



「ん?なん?」



「大事にしたいものが、もし、二つあったら、先輩だったらどっち選びますか?」



「大事なもんって?」



「例えば、恋愛と、…友情とか」



先輩は一瞬だけ考えるそぶりを見せたけれど、すぐにその瞳はまっすぐ真剣なものになった。



「そんなん簡単やん。どっちも選んだらいい」



「どっちも?」



「うん。どっちかだけしか選んだらいかんとかないやん?俺は、好きなもんどっちも掴みに行く」



「やっぱり先輩に聞いてよかった。ありがとうございます」



「うん。希子ちゃん頑張ってな?」



「はい」



ちょうどその時、先輩が飲んでいた缶の中身がなくなったようだ。



彼はそれを思いっきり傾けて飲み干した。



「よし、じゃあそろそろ行こか?」



「はい」



私はひとつ、決意を胸に、立ち上がった。