"花火しようぜ"
そう言い出したのは、やっぱりいつもの通り、黎弥だった。
黎弥は、いつだってそうだ。
先のことは考えず、目先のことばかり。
周りが見えず、今楽しければそれでいい。
まぁ、そんなところが、黎弥のいいところであり、みんなのムードメーカーになってくれる、筆頭役でもあるのだけれど。
そんな黎弥のことを、羨ましくも思うし、好きなのだけど、
…でも、好きな人に告白、っていうのは、ちょっと、悪乗りしすぎじゃないか?
そんなの、誰にも言えるわけがない。
本人にも、周りにも。
と、いっても、線香花火では負ける気がしなかったので、誰の気持ちを聞けるのか、なんて、少し楽しみにしていたのだけど、肝心なところで邪魔が入ってしまった。
仕方がない。
みんなの気持ちは、だいたい分かっている。
希子は、分かりやすいくらいに北人が好きって顔に出てるし、多分周りみんな気付いている。
気付いていないのは、本人くらいだろう。
そんな北人も、希子のことが好きだって態度でバレバレだし。
両想いの癖にお互い気付いていないところが、間抜けで二人らしい。
だからと言って、お膳立てしてやるほど、人は良くないのだけど。
それに、夏喜が希子のこと好きだってことも、知っている。
三年になったばかりの頃に、一目惚れしたんだと、本人から聞いている。
そんな最高に面白い相関図を、外側から眺めていることこそが、俺にとっての楽しみなのだ。
「ねぇ、颯ちゃーん、」
北人と教室に入ると、窓際の席から一番に黎弥がやって来た。
今日は早い。
黎弥にしては、一本早い電車に乗れたのだろう。
三軒隣に住んでいるという希子にでも叩き起こされただろうか。
同じ電車で来るときは、二人はいつも一緒だ。
幼馴染みというやつで、腐れ縁扱いして言い合っているが、結局は、仲がいい。
少しだけ、羨ましい。
そんな存在がいない俺にとっては。
「なん?」
返事をすると、俺の机の前に座り込み、上目遣いで覗き込んで、両手を合わせた。
「お願い!」
あぁ、またか、と思う。
「古典の宿題、見して?」
そうだろうと思った。
最初に、"颯ちゃん" と愛称で呼ばれた時から、気が付いていた。
あんな風に甘えた声をだして呼び掛けた時点で、何かお願い事がある証拠だ。
「やって来とらんと?」
「だって全っ然分からんっちゃもん。今日、俺当たる日なんよー。お願い、見して?」
黎弥は甘え上手だ。
たれ目のつぶらな瞳で、上目遣いで見上げられると、何でも許してしまいそうな気持ちになってしまう。
「…俺も、自信ないっちゃけど?」
「そんなことないやろ?颯ちゃん頭いいやん?古典の平っち、まーじで怖いからさ、頼むよー」
「別に、俺のでいいなら、いいけど」
カバンからノートを取り出すと、奪うようにして黎弥はそれを取り上げた。
持参していた自分のノートを開いて、開いていた隣の席に座り込み、写している。
「あっ、颯ちゃーん、わたしもー」
同じように甘えた声を出して、今度は希子がやって来た。
まったく、こいつらは、どいつもこいつも。
必死になって二人で頭を付き合わせて俺のノートを覗き込んでいる。
「颯太ってさ、頭いいのに、何でこの高校受けたん?」
顔は上げずに、黎弥が聞いた。
ドキ、とする。
「颯太やったらさ、もっと頭いいとこ、行けたやろ?何でここなん?もったいね」
希子と黎弥が、くっつきそうな勢いでノートを写している姿から、視線を変えた。
すると、席に着いたままこちらを見つめている、北人と目が合った。