片隅  希子① | ♡妄想小説♡

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主に妄想記事をあげています。作品ごとにテーマ分けしていますので、サクサク読みたい方は、テーマ別にどうぞ。 ※物語はすべてフィクションです。  
たまに、推しへのくだらん愛も叫んでます

希子 ①




私の隣には、いつも彼らがいた。




夏の強い日差しも、だんだんと落ち着き始めた九月の頃。



西日が差し込んでくる、教室の片隅。







「希子ー」



親友の葵衣が、私の名前を呼んだ。



「ん?」



顔を上げると、ちょうど私の前の席が空いたのをいいことに、その椅子に座り込む。



「これから、どうする?」



「んー、そうやね、どうしよっか?」



「どっか、行く?マックとか」



「いいね」



「それとも、久々カラオケでも行っちゃう?」



「それもいいね」



今は、放課後。



帰りのHRが終わったばかり。



私たちには、放課後すぐに帰宅、という選択肢はない。



「あー、でも俺、金ないっちゃんねー、」



そう言ってきたのは、黎弥だ。



私の幼馴染み。



保育園からの、腐れ縁。



彼は、私の左斜め前の席にいて、大胆にも椅子の背に座っている。



どうやら私たちの会話を聞いていて、一緒に行くこと前提で彼は受け取っているようだ。



まぁ、放課後一緒に過ごすことはいつものことなので、何にも否定はしないのだけど。



「北人は?」



黎弥が、私の右隣に座っている北人に聞いた。



ドキ、とするけれど、これもいつものことなので、慣れている。



「ん?いいよ、俺別に何でも」



北人は自分の通学カバンにペンケースやら教科書やらを詰め込みながら、答えていた。



そうこうしているうちに、夏喜や颯太も集まってくる。



これは、いつもの日常。



誰も何も言うわけでもなく、いつも共に過ごしている、仲間。




どこに行くでもなくダラダラと会話しながら過ごしているうちに、いつの間にか教室は私たちだけになっていた。



結局、寄り道なんかしなくても、こうして過ごしているだけで、私たちは満足なのだ。



学校の話、担任が今日どうだったとか、数学が難しくて宿題やばいとか、古典の先生が厳しすぎて嫌になるとか、そんなこと。



くだらなすぎて一年後にはすっかり忘れているようなことかもしれないけれど、今の私たちには、リアルタイム言語なのだ。



先ほどよりも西日が傾いて、教室をオレンジ色に照らす。



「そうだ!!」



いきなり、黎弥が叫んだ。



「声でかっ」



いつも突っ込みの早い颯太が、一番に反応する。



「どうした?」



冷静な夏喜が聞き返す。



「俺、花火持っとるっちゃん。一緒に、せん?」



「花火?」



北人が疑問する。



顔に似合わない、低い声で。



耳聞こえのいい、好きな声だ。



「花火とか、どこですると?」



私も、聞く。



「ここで!」



黎弥は言う。



「ここでとか、何言いよると?無理やろ」



またいつもの黎弥の思い付きが始まったと思って、眉を下げて呆れる。



こいつは、いつもこうなのだ。



考えなしで、突っ走って…



「線香花火やし、大丈夫やろ」



それでも黎弥は引かない。



「ベランダなら、いけるっちゃない?」



意外にも悪乗りしやすい夏喜が言う。



真面目そうに見えて、裏がある。



実は中身は一番どす黒いんじゃ、と私は思っている。



「ベランダはまずかろう。職員室から丸見えやん」



黎弥の方が実はビビりだったりする。



「ほら、ちょうど六つある」



黎弥は得意そうに通学カバンからそれを取り出した。



何が入っているのか、いや何も入っていないんじゃないかと思うほどの、薄っぺらいカバンだ。



透明の包装紙に入れられた、線香花火。



先端が魚の尾ひれみたいにひらひらで、濃いピンク色をしているのが分かる。



確かに、六つありそうだ。



「やろうぜー」



黎弥ははい、とみんなにそれを一本一本配っていく。



もう誰も否定などしない。



ここで花火をすることを、受け入れ始めている。



それは、やはり好奇心から。



もうすぐ終わってしまう高校生活、こんな大好きな仲間たちと、楽しくてバカみたいな、思い出を作りたいのだ。



「ほれ」



と黎弥はライターを取り出した。



そんなもの、どこから持ってきたんだよ、と思いながらも、火がなければ花火は出来ないので、何も言わない。



みんなが、先端を持ってそのライターに線香花火を近づける。



「一番最初に負けたやつが、罰ゲームねぇー?」



「罰ゲーム?何の?」



慎重な夏喜が聞く。



「そやねぇ、…好きな人に、告白するっちゅーのは、どぉ?」



「えーー?」



黎弥の提案に、それ以外のみんながブーイングした。



それは、ここにいるみんなの中で、黎弥だけが、彼女持ちだからだ。



彼にとってだけは、何とも痛くも痒くもない罰ゲームなのだ。



「もっと他のにしようぜ?」



「んー、いいやんいいやん、負けんどけばいいっちゃけん、とりあえずやろうぜ?ほら、終わった後は、この中にごみ入れてねー?」



ペットボトルに水を差して、用意周到だ。



やっぱり実はビビりだ。



「はい、じゃあ、近づけて」



みんなが一斉に火を付け始める。



あちっと黎弥が声を漏らすのを、みんなくすくす笑いながら、真剣に。



だって、もしこれで負けてしまったら、好きな人に告白…



無理無理。



そんなこと、出来ないよ。



だって、今の関係が、心地いいから。



いつも傍にいて、疑いもしないくらい近くにいて、隣で笑い合えて、幸せで。



向こうも、私のことを、好きでいてくれる。



友達として。



そんなうちは、失わないで済むから。




右隣にいる北人をちらりと見つめてみた。



彼の線香花火の先端は、大きな玉を作り、パンパンに膨れ上がって、パチパチ、と派手に音を立てている。



まだまだ全然、落ちそうにない。



周りのみんなのも、見てみる。



みんな真剣だ。



自分が負けたら、とも思うけれど、好きな人の気持ちを聞くのも、怖い。



負けたくない。



負けてほしくもない。



私の玉に神経を集中させる。



落ちないように、手が震えないように…



その時、



廊下の先から、スッスッと足音が聞こえてきた。



スリッパを擦るような歩き方。



これは、生徒の上靴ではない。



誰か、教師の足音だ、と思った時、



「おーい、誰かいるのかぁ?」



声が聞こえてきた。



みんな目を見開いて、視線を合わせる。



「おいっ、これ」



黎弥が低く叫んで、先ほど言っていたペットボトルを真ん中に差し出す。



急いでその中に線香花火を放りこむと、立ち上がった。



「先生、さようならー」



足音が聞こえていた後ろ側のドアとは反対の、教壇側のドアから一気に走って教室を出る。



「あっ、先生、お疲れっすー」



背中の方から黎弥のバカっぽい声が聞こえてきたけれど、知らないふりをして全速力で走った。



気がついたら、隣には北人がいて、ぎゅっと右手を取られた。



「行こ」



「うん」



二人で、一緒に階段を駆け上がる。