世界遺産の地日光へ~神橋から日光東照宮・輪王寺[栃木県] | オレンジの普通でHappy Life♪

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2015年7月に主人の転勤で大阪へ。
その後は埼玉(東京勤務)→金沢→埼玉(東京勤務)→金沢→大阪と転勤生活。
いつまで住めるかわからないので、後悔なく転勤先を楽しみたいです♪

世界遺産バスに乗り、神橋バス停で降りました。
その神橋、横から眺めることも出来ますが、折角なので渡ってみることに。
 
渡橋(しんきょう)は有料ですが・・・
早々繰る所でもないですしね、神聖な橋は渡ってみたいものですキラキラ
 
神橋は二荒山(男体山)をご神体として祀る二荒山神社の神域に属し、参道の入口にあります。
奈良時代の末に勝道上人が日光山を開く際、大谷川の急流に行く手を阻まれ神仏に加護を求めたところ、深沙王(じんじゃおう)が現れ2匹の蛇を放ち、その背から山菅が生えて橋になったという伝説があるそう。
別名、山菅橋や山菅の蛇橋。
世界遺産「日光の社寺」を構成する文化財の1つです。
 
神橋
行ってみて思いましたが、渡るより対岸から眺める方が素敵ですねあせる
 
橋の先は日光東照宮へ通じる参道となりますが、橋を通って対岸は行けないので、橋を引き返さなければなりません。
ここから入っちゃう人がいないようにかな~
 
横から眺める神橋キラキラ
新緑で赤い橋が映えて素敵でしたが、秋や雪の時期も素敵なようです雪だるま
 
神橋から参道を歩き日光東照宮へ向かいました。
途中輪王寺の脇を通ったので主人が「寄らないの?」と聞いてきたけど、先にまずは東照宮へ行こうと言うことに。
どのくらい参拝に時間が掛かるかわからないし、時間を気にして慌ただしく回るのは嫌でしたしね。
歩くこと約15分、念願の日光東照宮ですキラキラ
 
石鳥居 重要文化財
元和4(1618)年、筑前国福岡藩初代藩主黒田長政公によって奉納されました。
石材は九州から船で小山まで運ばれ、その後陸路人力で日光まで運ばれたそうアセアセ
 
拝観料(大人1600円)をお支払いし境内へ。
宝物館や美術館を見学する場合はセット券があります。
 
日光東照宮について説明は要らないと思いますが、簡単に。
日光東照宮は徳川家康を神格化した東照大権現を主祭神として祀る、日本全国の東照宮の総本社的存在です。
久能山東照宮・上野東照宮と共に三大東照宮の1つに数えられる。
正式名称は地名などを冠称しない「東照宮」ですが、他の東照宮との区別のために日光東照宮とも呼ばれています。
 
五重塔 重要文化財
慶安3(1650)年、小浜藩主酒井忠勝公によって奉納されました。
文化12年火災に遭いましたが、文政元(1818)年に同藩主酒井忠進公により再建されました。
驚くほど立派で目が点になってしまいます目
 
表門 重要文化財
東照宮最初の門で、左右に仁王像が安置されているところから仁王門とも呼ばれています。
 
神厩舎 重要文化財
ご神馬をつなぐ厩。
昔から猿が馬を守るとされているところから猿の彫刻が8面あり、人間の一生が風刺されています。
 
中でも有名なのは「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿ですね猿
みんな真似してお写真を撮っていましたよ。

 
御水舎(おみずや) 重要文化財

水盤は元和4(1618)年、佐賀藩主鍋島勝茂公によって奉納されました。

 
輪蔵(経蔵)
 
 
三神庫 重要文化財
校倉造りの祭具の倉庫。
上神庫・中神庫・下神庫を総称して三神庫と言い、この中には春秋渡御祭「百物揃千人武者行列」で使用される馬具や装束類が収められているそう。
 
廻転燈篭
寛永20(1643)年、出島オランダ商館からの奉納。
上部の葵紋が全て逆さになっていることから逆紋の廻り燈籠と呼ばれるそう。
奥に写っているのは重要文化財の鼓楼。
 
陽明門 国宝
一日中見ていても飽きないということから日暮御門と称されています。
正面唐破風下に、後水尾天皇宸筆の「東照大権現」の勅額が。
門を入ると正面が唐門で、その先には拝殿があります。
 
故事逸話や子供の遊び、聖人賢人など500以上の彫刻が施されています。
 
陽明門の12本の柱にはグリ紋と呼ばれる渦巻模様が刻まれていますが、1本だけ文様が下向きになっています。
うっかりして見逃すところでしたアセアセ
その前に主人とこの話をしていて、ふと思い出してが探すことが出来たキラキラ
左が通常、右が下向きになった柱です。
 
「魔除けの逆柱」と呼ばれ、また建物を全て完璧に完成させるといずれ崩壊するという言い伝えから、一箇所わざと完璧にせず、崩壊を防ぐという意味もあるそう。
そのエピソードが西村京太郎原作「十津川警部シリーズ38愛と悲しみの墓標」に出て来るそうで、西村京太郎作品が好きな主人は確認したかったそうです爆  笑
 
神興舎 重要文化財

春秋渡御祭(5月18日、10月17日)に使われる三基の神輿が納められています。

春の渡御祭は私達が行った5日前だったようです。

 
唐門 国宝
全体が胡粉で白く塗られ、「許由と巣父(きょゆうとそうほ)」や「舜帝朝見の儀(しゅんていちょうけんのぎ)」など細かい彫刻が施されています。
 
眠り猫 国宝 左甚五郎作
牡丹の花に囲まれ日の光を浴び、うたた寝をしているところから「日光」に因んで彫られたとも言われているそう。
 
結構な石段を上がって奥宮へ。
急だし階段が続くのでちょっと息切れしましたアセアセ
 
奥宮 重要文化財
拝殿・鋳抜門(いぬきもん)・御宝塔からなる御祭神のお墓所。
 
銅宝塔(徳川家康墓)
 
この後は本地堂(薬師堂)へ。
撮影は不可で、まとまって数十人ずつの見学となります。
屋根に鳴き龍が描かれておりますが自分達で手を叩いて体験することは出来ず、神社の方が拍子木を叩いて鳴かせて下さいます。
どこで叩いても鳴るわけではないそう。
30年以上前とかは観光客も叩けたそうですが、混雑緩和のため変わったようです。
 
 主人の御朱印↓
日付以外はスタンプだけ。。。
日光東照宮を1時間以上掛けてゆっくりと拝観しましたが、まだ時間があるので輪王寺にも寄れました。
 
輪王寺は天台宗の門跡寺院で、山号は日光山、天平神護2(766)年勝道の開基と伝わるそう。
明治初年の神仏分離令以後、東照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と称されています。
輪王寺の境内は東照宮、二荒山神社の境内とともに「日光山内」として国の史跡に指定され、 「日光の社寺」として世界遺産に登録されています。 
 
相輪模
 
三仏堂(本堂)  重要文化財
拝観料をお支払いし中の拝観も出来ますが、そこまでの時間がなく外から撮影だけしました。
 
 主人の御朱印↓ 
 
日光東照宮は徳川家康を東照大権現として祀る神社です。
一方、二荒山神社と輪王寺は奈良時代に山岳信仰の社寺として創建されたもので、東照宮より遥かに長い歴史があります。
ただし二社一寺がこのように明確に分離するのは明治初年の神仏分離令以後のことで、輪王寺に属する建物が1箇所にまとまっておらず、日光山内の各所に点在しているのはこのような事情によるそう。
3代将軍徳川家光公の廟所である大猷院(たいゆういん)では本殿・相の間・拝殿が国宝に指定されており、重要文化財も20棟あるそうです。
祖父である家康公を凌いではならないという遺言により、金と黒を使用した重厚で落ち着いた造りになっているそうです。
今回は時間がなくて寄れませんでしたが、また機会があったら大猷院や二荒山神社などの参拝に行ってみたいです。
また華厳の滝とかも行ってみたいです。