円山川の河口近くにある
絹巻神社へ行きました
 
国道312号線が
円山川リバーサイドラインという名になって
川としばらく並走し
天日矛命が切り拓いたという津居山の手前で
港大橋(1954年完成)を渡りました
 
向こう岸は気比(けひ)という地名
神社は大きく道がカーブするところにありました

 

 

もともとは

渡し船で円山川を渡って参拝していたのが

橋ができたために

県道が敷地を分けてしまい

駐車場や手水舎は道路の反対側にあります

 

カーブで見通しがよくないので

気を付けながら道路を渡って神社へ

 

 

主祭神:天火明命(あまのほあかりのみこと)
配祀神:海部直命(あまのあたえののみこと)

    天衣織女命(あまのおりひめのみこと)

應神天皇3年4月(272)、大山守命が山海の政を執られた時、大山守命は多遅麻黄沼前県主武身主命の子海部直命に多遅麻の海政を執らし、その姓を海部直と称することを許した。その時、海部直命は、自分の始祖天火明命を黄沼前県に祀り清明宮と称した。

仁徳天皇10年8月、海部直命は城崎郡司を兼ねる事となり、黄沼県を海部村(小島)に置き、多遅麻の海人を領し、清明宮を海部村に属する絹巻山に移し絹巻神社と称した。履中天皇の御代、海部直部の子西刀宿禰が城崎郡司となり、宿禰に命じ瀬戸の水門の浚渫を行った。爾来、円山川沿岸は洪水禍をまぬがれたと伝えられている。
仁明天皇仁和元年(885)神階従五位下を賜り、文化11年現在の本殿を再建した。(神社庁)

 

黄沼前は「きのさき」と読みます

 

海人族の祖である天火明命を主祭神としたのは

多遅麻黄沼前県主武身主命の子海部直命が

このあたりの海人の長として

円山川の治水に大きな貢献をしたのでしょう

 

神社の名前は

絹巻山に依っているのでしょう

 

「絹巻山は火山岩からなり、柱状節理が絹織の反物を積み重ねたように見えることから絹巻と名付けられた(豊岡市観光サイトより)」

 

またここの地名は「気比」といい

敦賀の気比の食(け)の霊(ひ)と同じ

豊かな海産物を産する地でもあったのでしょうが

どちらも新羅からの渡来人伝説があり

何か関連しているのかいないのか・・

 

 

境内の西にある二の鳥居は

港大橋に向かって建っています

 

しっぽを高くあげた狛犬は

この地方でよくみかけました

 

 

港歩道橋(平成17年完成)から

港大橋を撮りました

車道専用・歩道専用で平行に並ぶ橋です

 

 

円山川には葦が生えていて

よく見ると

湿地帯を保っているのか

護岸工事がされています

コウノトリ保護のためでしょうか・・

 

開拓や治水の歴史を積み重ねながらも

コウノトリにとって住みやすい環境が残った

人と自然との共存の奇跡は

たくさんの努力と幸運の結果でしょう

 

 

但馬五社明神巡りがあるようです

今回は三社行くことができました