お医者さんに行ったら
 
「マイナ保険証の有効期限が
近くなっているので更新してくださいね」と
 
あらびっくり!
 
ほどなく区役所から
マイナンバー更新手続きの案内が届きました
 
読んでみると
パソコンやスマホでも
更新できると書いてあります
 
そうなんだ!
 
まずは顔写真を撮って
データにしておかねばなりません
 
ということで
自撮りするのですが
どーも気に入ったのが撮れない
 
相方さん
そんな様子を横から見て
「どれもおんなじ顔じゃないか」って
 
そりゃそうなんですが(笑)
 
マイナ保険証更新手続きの申請方法

「古代の神社と神職 神をまつる人々」
著者 加瀬直弥 

吉川弘文館歴史文化ライブラリー 2018年

 

古代の神社の様子は?

神職の様子は?

そんなことを知りたくて読みました

 

ただあくまでも

記録に残る大きな神社や

その神職のことしか書かれていません

(歴史は記述)

 

なので

もやもや感は残りますが

 

歴史的な出来事が起こると

朝廷が神社を通じて

行いたかったことなどの一面がわかりました

 

以下、備忘録ですので

読み飛ばしてください

■古代神社の立地と社殿の役割
伊勢大神宮の立地
古代の神社は地形上の縁(へり)に立地が多い
天照大神は「朝日の近づいてくるところ、夕日が近づいてくるところ、波音が聞こえないところ、風の音が聞こえないところ、弓・矢・鞆の音が聞こえないところで、神の意により鎮まるところだ」と喜んだ
山がちで内陸で森の中で人の領域から離れたところという条件

神への贈り物としての社殿 
ただ大事なのは神の為の領域であって社殿があるかどうかは問題ではない
伊勢大神宮の式年遷宮は持統天皇4年(690)から始まる

〇朝廷による社殿造営
斉明天皇5年(659)出雲国造に命じて「厳神之宮(いかしかみのみや)を作らせた
天智天皇在位中(663-672)に常陸国の鹿島神宮を作らせる(常陸国風土記) 
鹿島神宮は朝廷から使を現地に遣わせて管理させている 出雲国は国造に任せている 共に後々まで続いている

天武天皇10年(681)に天社・国社の神の宮を造営せよとの詔(日本書紀)
天平9年の神社造営(続日本紀は藤原四兄弟も没した疱瘡の影響
神社を作り改めるための正税(国司が徴収した稲の拠出量=国司からみたら財政負担の量)が記載され、次の命令は天平神護元年(765)で恵美押勝の乱の終結の翌年で国家的大事に伴う対処
慶雲3年(706)大宝律令で神社の清掃に関する命令あり
神亀2年(725)にも下される 国司に清掃に関する責任を負わせている
宝亀8年(777)同様の命令
朝廷が社殿造営や神社維持の為に担い手になったり経済的な負担をするのはまれ 実質的には神社の現場で対処
大同4年(809)神社修造の詔 国司の長官が担当して造営shi
財源は神戸のある神社はその神税、そうでないところは正税
弘仁2年(811)神戸のある神社が対象
弘仁3年(812)神戸のない神社が対象 神社造営を神職に担わす 但し風や火の大破の場合は朝廷の中枢が検討する どちらも現場が責任者

『皇太神宮儀式帳(延暦23年・804)』によると,
徐々に社殿を有する神社が増えていき、奈良時代後期から平安時代初期には一般化した(8世紀後半~9世紀初頭)

弘仁13年 封のない神社は作るための財源がないとの報告
貞観10年(868)には神社の祭神の系譜に基づく修造のしくみを全国に拡大
延長4年(926)神職の怠慢が糾弾され朝廷差配の造営は10年はしない 神戸の有無を問わず神職に責任を負わせている

■古代神職の職掌
祝部(ほふりべ)は祝・禰宜・神主も含む神職の総称 
祝(はふり):一般的な神社では基本祝を置く
禰宜:祝よりも権威ある存在 課役(調・庸)は免除(令集解) 免税特権は神社維持の負担をさせてもよいという根拠かも

祈年祭(毎年2月の穀物の災いがおきないように神祇官で天神地祇を全て祀る(令集解) 実際の所平安中期で全国で2861所の神社(延喜式) 延暦17年(798)以前だと京の神祇官が用意した幣帛を、全国の神社の祝部が受け取りに行く

■氏族のまつりと神主
古代の神社は朝廷とは関係しないまつりの場でもあった
相嘗祭で行われているのは氏族のまつりである
神主が担い手 神職はまつりを行うことが決まっていた氏族で継承していく職  氏上=氏宗・氏長で氏族の長で朝廷が把握しており、氏全体の命令を受ける役(令義解 神主は神の(まつり)を主る(つかさどる)責任者 朝廷の中で神主の位置づけは伝統的に確立していて、令によって制度が整備された祝部とは出発点が違う

■神宮司とは
神宮司は神社の中核となる職 孝徳天皇時代(645-54)にさまざまの宮内の行政を行うのを発展 平安時代中期以降の神宮司の多くは大中臣氏の同系の氏族 交通の要衝地に朝廷の影響力を及ぼしたかった
 

斎衡3年(856)把笏を認める基準が容認の基準は従三位以上の神階を奉られている者 神職が把笏できる神社は増えたのは当時の神階重視の時流に後押しされた結果

仁寿年間(851-53)には広く天下諸神に対して、無位の場合、原則正六位上を奉った 文徳天皇を神に守護してもらいたいと藤原良房の意向も感じられる
延暦17年(798)祈年祭の幣帛の用意が対象神社の国の担当になり(類聚国史) ただし畿内とそれ以外の七道諸国の一部神社は従来通り神祇官が担当し祝部が宮中に幣帛をとりにいった(延喜式) これにより多くの神社が京の朝廷との数少ない接点を失った
貞観10年(869)神職把笏を抑制 祝がまつりをつかさどり禰宜はつとめがない

■古代神社の女性神職
伊勢大神宮の斎王 賀茂の斎王 
宇佐神宮の大神杜女(おおがのもりめ)は天平20年(748)位階の授与
■神近くに仕える担い手の女性とその制度
大物忌 賀茂両社の忌子(いみこ) 厳島神社の内侍

■神社と神職にとっての転機
奈良時代末期から平安時代初期にかけて神職は大きく変化した 神宮司や神主は任期制 任用の条件として官僚的な人格を求められる
称徳天皇崩御から光仁天皇即位までの出来事に、朝廷は神の助けがあったと認識 宝亀年間におきた大きな変化は、本来朝廷が行うべき神社の職掌を神職にまかせればよいという方向性が定まったこと
神職制度を朝廷が整備したことで各地の神社に共通性が生れた ただ地域に根差した神にそれぞれの神職が個々にむきあうというあり方は変わらなかった 

 

古代の神社と神職の鳥居

 

一昨日の
広島の大雪には驚きましたが
昨日は
いいお天気だったこともあり
道路も樹々の雪もほぼ解けました
 
でも最低気温がマイナス2.9度で
とっても寒くて
ヒーターの温度を上げても
いつものようには暖まらなかったです
 
さて
土曜日の島根ドライブの途中にもどります
 
浜田市からは
山陰道(ほぼ無料)を東へ東へ進みました
 
日本海が綺麗でした

 

日本海を望む海岸線と集落

 

そして

走ること約1時間

 

出雲市駅ちかくの羽根屋さんへ

 

出雲の献上そば羽根屋の外観

 

何度目になるでしょうか

 

出雲ではよく知られたお店で

お出汁もお蕎麦も大満足

今回はしじみご飯もつけてみました

 

出雲の羽根屋 蕎麦としじみご飯

 

美味しかったぁ

さて帰りましょ

 

出雲 そば羽根屋 商品陳列

 

出雲からは

松江道(無料の高速道路)へ

 

雲南吉田の道の駅はこんな具合

(2/7の様子です)

 

 

雪のサービスエリアで停車した車

 

県境越えは

いつも暗い

 

雪道ドライブ、夜の山陰道

 

北広島町のサービスエリアも

ゆっくり大きな雪が降っていました

(2/7の様子です)

 

この翌日は大雪で

高速道路はほぼ通行止めになりました

 

雪が降る夜のコンビニエンスストア

 

 

 

 
昨日は
朝9時頃から
雪が降り始めましたが
 
お昼前頃には
晴れ間が出てきました

 

雪積もるピンクの花

 

12時から

広島春節祭に

子ども日本舞踊塾が出るので

観に行きました

 

舞台は広島PARCO横の

アリスガーデン

屋根のない外ステージです

 

晴れてはいるものの

寒くて寒くて

 

でも子どもたち大頑張り

お母さん、先生、裏方さんお疲れ様です

 

広島春節祭での日本舞踊の様子

 

あぁよかったよかったと

 

帰宅して

珈琲飲んで暖まりながら

本を読んでいたら

 

あれあれ

雪がまた降ってきた・・

 

今日はポイント5倍デー

スーパーへお買い物へいかねばと

車を出したら

道路が白くなってました

 

広島の雪景色、積雪した街路樹と車

 

お買い物した後で

宅急便を送ったりして疲れたので

外食にしようと

ちょっとだけ郊外へ行ってみたら

 

わぉ!

 

雪積もる広島、自転車も真っ白

 

帰り道

市電の架線まで白く積もってて

なんだか見たことない景色

 

広島の雪景色、市電も積雪

 

電車も雪を被ってて

 

広島の雪景色、市電が走る冬の街並み

 

平和大通りの

樹々も道路も雪景色

 

そして

降り続いた雪も

8時頃にはやみましたが

気温はマイナス1度です

おぉ寒い


後でわかったのですが

広島市中区の最低気温は

マイナス2.9度だったとか

 

雪景色を走る白いバン

 

美又温泉の近くに
数年前に行った
有福温泉があると気がつき
行ったみました
 
県道50号線を進んだら
途中狭い山道になり
間違えたかな・・と思ったのですが
しばらくすると
大きな道となりほっ
 
そして
たぶん最近できた新しそうな道を通って
ダイレクトに有福温泉へ
 
赤い提灯がぐるっと
一段高いところにあるのが温泉です

 

 

あれ

こんな手湯あったかな

 

 
さらにもう一段上がって
 

 

温泉に到着です

 

開湯は651年

乙巳の変の後の孝徳天皇の時代

法道仙人が見つけたとのこと

 

中から

風呂おけのカランという音や

男湯からでしょう

元気な男の子の声も響いていました

 

 

ここにも

神楽殿があるのですね

 

 

確か

小川に沿ったこの坂道に

石見国国司となった

柿本人麻呂ゆかりの碑があったはず

 

合ってました

奥さんの依羅娘子(よさみのおとめ)と

ここ有福温泉に来たと

記録があるようです

 

 

今回は奥まで行かず

この赤い実はなんだろう

 

 

降りて行くと

数人の大学生らしい青年と

すれ違いました

 

合宿かな?

楽しそうです

 

 

小川には

温泉のお湯が流れ出てて

軽く蒸気をあげていました

 

 

福々顔のトレードマーク

 

 

三階旅館という名の

三階建ての建物も覚えてました

 

有福温泉でした

 

 

大寒波が来る
というニュースに
なんかソワソワしてる人がいて
 
まだ全然雪は降っていないのですが
じゃあ
ちょっと北へドライブ行く?
 
そして昨日のこと
浜田道(高速道路)へ
 
県境あたりまで来ると
タイヤチェックがあり
なんともう雪景色
 

 

まずは

浜田市美又温泉へ

このあたりは

雪はほとんどなしでした

 

 

ここの足湯に

浸かりたかったみたいです

 

 

ここの温泉街

3、4年ぶり

なんとなく風情があります

 

 

みぞれが雨っぽくなってきました

 

 

この建物は美又薬師神社で

ご祭神は少彦名命・守護は一畑薬師
 
定期的に
お神楽の公演もあります

 

 

こちらは

前に来て印象的だった

みくに旅館さん

 

 

それにしても

傘を持たずに歩いたので

ぬれてしまい

すごく寒くなってきて

 

 

急いで

足湯まで戻りました

 

お湯加減は

いつもよりぬるめだったそうです

 

 

そして

美又温泉国民保養センターに行き

お水を買いました

ph8.2です

 

 

この建物は3月に閉館し

10月になったら

奥に新築される新しい温泉施設が

オープンするそうです

 

 

 

 

 

先日
いつもお世話になっている
公民館で研修会があり
参加してきました
 
第一部では
今年4月から始まる
自転車の反則通告制度について
 
どういう違反があるのか
広島中央警察署より説明がありました
 
ながらスマホ=12000円
信号無視・一時停止無視・逆走=6000円
傘さし運転=5000円
並走=3000円
 
罰金取られたら
嫌だし恥ずかしいなぁ
 
ところで
一番気になるのは
自転車専用道路以外では
車道を走らないといけないのか
ということですが
 
どうも
そうではないようです
 
1) 歩道に「普通自転車歩道通行可」
の標識等があるとき。

 

2) 13歳未満の子供や70歳以上の高齢者
身体の不自由な人が普通自転車を運転しているとき。
 
3) 道路工事や連続した駐車車両などのために車道の左側部分を通行することが困難な場合や、自動車などの交通量が大変多く、かつ、車道の幅が狭いなどのために、追越しをしようとする自動車などの接触事故の危険がある場合など、自転車の通行の安全を確保するためやむを得ないと認められるとき
 
「普通自転車歩道通行可」
というのはこれ
標識を見る習慣がつきそうです

 

 

 

 

選挙中ですが
あまり選挙カーをみかけない気がします
急だったから準備不足?
 
広島1区は
たぶん岸田元首相が当選でしょうけれど
他の応援にまわっておられ
ご本人はまだお見かけせず
 
自民党は
ものすごいお金かけて
SNSで繰り返し宣伝してるらしいけど
YouTubeやXを見ないからか
見たことないです
 
私のスマホに
でてくるニュースは
 
元日銀副総裁「長期金利上昇」に警鐘 市場が抱く高市首相への危惧
(マネーポスト)
想定外の「対象商品限定の消費税ゼロ発言」で金融市場大揺れ
(The gold online)
「暮らしが破壊される」芸能界から高市おろしの声 ホクホク発言も追い打ち
(週刊女性prime)
 
と高市さんの経済政策に
厳しい意見が多いですが
 
他の方のスマホでは
違うものが見えているのかも・・
 

 

発表会が終わると

実はもうひとつ

お仕事があります

 

それは

袴の片付け

 

子どもたちが使ったもので

サイズは55cm〜82cmくらい

 

成長が早いので

数ヶ月で短くなることもあり

今回も

10月の最初の舞台の後

3か月経っての1月発表会に

数人の丈が短くなっていました

 

そこで

一番大きい子に大きい袴を用意し

その子が使ってた袴を

次に大きい子にと

順々にみんなでまわしあいました

(お母さんたちの連携プレー)

 

でもこの調子だと

買い足さないといけないなぁ

 

助成金は減る一方なので

やりくりせねば・・

 

軽く陰干しした後

片付けながら

サイズ帳に記録していき

折を整えて片付け完了です

 

※これは日舞の先生からお借りした袴

(クリーニング後)

 

立春は
旧暦のお正月
 
家族に
この日が記念日の者がいて
母はよく
「縁起がいい日だから運がいい」
と言ってました
 
前向きな言葉がけは
元気が出ますよね
見習わなくては・・
 

ところで

やっと書類提出が終わりました

ページ数は

あれやこれやで約200ページの大仕事

 

黒のプリンターインクが

空っぽになりました

 

そして

大仕事が終わったご褒美に

久しぶりに図書館へ行きました

 

しばらくどっぷり読書できたらいいな