枡形の石垣が大きくて立派です
生駒氏は四代続きますが生駒騒動で
出羽国矢島藩1万石に転封
寛永19年(1642)
水戸藩初代徳川頼房の子の松平頼重が12万石で入封
家康の孫ですね
艮櫓(うしとらやぐら)は
延宝5年(1677)北東の隅に建てられましたが
昭和42年に現在の太鼓櫓台に移されました
高松空襲で破壊された桜御門は
近年復元されました
披雲閣の正門に当たる櫓です
披雲閣というのは
藩の政務所で藩主の住まいでした
ところで
高松藩と水戸藩とは親戚関係
高松藩
初代の松平頼重は光圀(水戸藩)の同母兄
二代目は松平頼常(光圀の側室の子)
三代目は頼豊は初代頼重の孫で
その子宗尭(むねたか)は水戸藩四代目となる
水戸藩
初代:徳川頼房
二代目:光圀
三代目:綱条(つなえだ)は高松藩初代頼重の子
四代目:徳川宗尭(むねたか)は頼重の孫
光圀が兄をさしおいて水戸藩主になり
兄に申し訳ない気持ちがあったとか
正妻との間に子なく側室の子を高松へ出したなど
複雑な姻戚関係に
結局のところ
高松藩初代の松平頼重の子孫が
水戸藩を継承しました
現在の披雲閣は
大正6年(1917)に再建
松平家12代当主松平頼壽の別邸および
香川県の迎賓館的な役割とか
お庭を歩いて海の方へ
月見櫓・水手御門・渡櫓が見えてきました
手前には水門が音を立てて
海水を引き入れています
「内堀に鯛が泳ぐ」というのは
こういうことなのかと思いつつ
海城の仕組みを見ようと
うっかり門の外へ・・
もう一度園内へ戻ろうとしたら
受付のおばあさんから再入場200円と言われw
暑かったこともあり
まっいいかとそのまま外へでました
(月見櫓あたり見ておくべきでした)
駐車場で待機していた相方さんが
車を移動して迎えに来てくれたので助かりました
ここは高松駅
そして
琴電(市電)がコトコト走っていきました