午後3時から記者会見が始まった。中身は、事前にメディアには何も言ってなかった。彼らは、当然、会長・社長人事だと思っている。

 「本日は、お忙しいところ、お集りいただきましたありがとうございます。それでは、社長の富田秀二から、本日の会見内容について発表がございます」

 進行役の長尾の声が、マイクがいらないくらい大きく響いた。対照的に、秀二がぼそぼそとしゃべる。

 「今日、お集りいただいたのは、トミタ自動車工業とトミタ自動車販売の合併についてであります」

 「えっ」

 という声が、会場のあちこちから聞こえてくる。聞きとれなかった記者は、隣の記者に聞いているらしく、ざわざわとした声が聞こえてくる。秀二が続けた。

 「今年7月1日をもちまして、トミタ自工とトミタ自販は合併をすることに決まりました。これは、両社とも本日開いた取締役会で決定したものです。とはいえ、正式には6月に行われる株主総会の決定を待たなければいけませんが、両社の役員は株主様のご理解を得られるものと確信しております

 と言い終わるか言い終わらないうちに、さっそく10名あまりの記者が、会場を飛び出して行った。一刻も早いニュース配信をしなければならない通信社、定時ニュースのあテレビ、ラジオの記者、それに複数来ていてデスクに報告に走る若手の新聞記者だった。それを見るともなく秀二が、雄一郎らを、説明者として指名した。

 「では、詳しい説明は、自工副社長の富田と自販社長の小池にしてもらいます」

 バトンを渡された雄一郎と、小池は、それぞれの会社で特別チームを組んで合併の事前評価をしていたこと、またその結果、合併すべきだとの結論に至った過程を詳細に述べていった。最後に

 「質問がございませんか」

 と小池が言うと、どーっと手が挙がった。それを見ていた秀二が突然一人の記者を指さした。

 「河合さん、どうぞ」

 皆は、突然、秀二が横から指名したので、びっくりした。

 「経済日報の河合です」

 と、男性記者が言う。この記者こそ、秀二の自宅を訪れて、

 「まさか工販合併はないでしょうね

 と尋ねた記者だった。役員人事を持ちだすことで関心をそちらに向けた秀二としては、

 <申し訳ないなあ>

 とちょっぴり思って、質問の一番に指名したのだった。

 そんな秀二の気持ちを理解したのか、河合は、自工の新社長、新会長の役員人事という形で記事を書いていたが、新会社の人事の内容ではなかったので、さすがに悔しそうだった。

 「新会社の役員はどうなりますか」

 「すでに決めております。会長に私、副会長に自販の小池、社長に自工副社長の富田」と言って、そのあと次々と発表するのだった。