財務省事務次官の小島は、思い切って、自由独立党の大物代議士で兼山の子分である大川のところに電話をしてみた。

 「大川です」

 秘書から変わって、電話口にちょっと暗い声で出てきた。

 「小島です。いろいろご心配をおかけしていますようで」

 「いや。ところで、どうなりますんでしょうか」

 ことさら、兼山の名前を出さなくても、互いにそれであることは、承知している。

 「まだ、なんとも分かりません」

 「もう、こっちの腹は決まってるんですよ。いまさら止めるというんじゃないでしょうね」

 「それが、もう一方の相方の態度がはっきりしないものですから」

 「それじゃ、はっきりさせてください」

 「ところで、ものはまだ例のところなんでしょうか」

 「そう聞いております」

 「Kさんもたいしたものですなあ。これだけ世間が騒いでいるというのに」

 「あの人はやらないとふんでいるのでは。実は、僕もそういう情報を彼に入れているんですよ」

 「えっ、そうなんですか」

 「私の腹は決まっているといったでしょう」

 「感謝申しあげます。さっそく情報収集して、うまくいけば期日を申し伝えるようにします」

 「よろしく頼みます」

 小島の顔に再び精気がよみがえった。

 「野中君を読んでくれ」

 と部屋の前にいる秘書役の女性に声をかけた。

 「野中です。入ります」

 財務省から国税庁に出向している査察部長の野中は、ちょっとか細い声で部屋の外から声をかけてドアをノックした。

 「やあ、来たな」

 「例の話ですか」

 「そうだ。本来なら、国税庁長官の所管だし、それでもなんか言うとしたら、彼から言ってもらった方がいいのだが、急を要するのでな」

 「なんでしょうか」

 「もう1回、次長検事に会って確認してくれないか」

 「わかりました」

 「それから、ディープ・スロートが誰か、言ってもいいぞ」

 「それは」

 「かまわん。いちかばちか、乗るかそるかだ」

 「わかりました。言わなければならない状況になれば言おうと思います」

 「うん、まかせる」

  小島の部屋を退出した野中は、さっそく次長検事の桧山に連絡をとった。桧山は会う約束をなかなかしようとしなかった。

 検察が国税の意向を聞いているように印象づけられ、あまりいい気分にならなかったのと、

 『これくらいのことでがたがた言われるのは心外だ。検察庁を信じてくれ』

というつもりだった。しかし、最後に折れた。

「神宮前の蕎麦屋でお待ちしています」

 と野中は、店の名前と場所を伝えた。