しばらくして、大薗が入ってきた。

 「どうしたんだね」

 部屋は訪ねたものの、言いだしずらいようで、大薗には珍しく、もじもじしている。

 『はて、こんな男ではなかったはずだ』

 と思ったら、ぴーんと来た。

 「ああ、兼山先生の件だろ」

 「ええ、そうです。実は、兼山先生から電話があり、週刊誌が俺のことで騒いでいるが、本当なのかと」

 公共事業族の兼山が、週刊誌の記事に驚いて、電話をかけてきたのだった。

 「そんなこと、僕に聞いても分からんよ。国税庁は、いちいち脱税の件で次官になんか報告しないのは、あなたも知ってるだろう」

 「もちろん承知しております。ただ、兼山先生の巨額脱税というのは話があまりに大きいので、何らかの情報を耳にしているのかと」

 「まったく知らない」

 「私としては、兼山先生なんて、予算の時に大きな声でもっとつけろと言ってくるばかりで、さらには米国との交渉で、大変な公共投資を背負わされた恨みもあるので、いっそのこと捕まってくれた方がいいのですが、まあ、それを言う訳にもいきませんので、一応お伺いしてみようと」

 「はは、アリバイ作りか。まあいいよ。僕から、岩田君に君のところに行かせるよ。もっとも、長官といっても、僕も経験があるけど、お飾りだから、情報を知っているとは思えん。まあ、調べるのに、数日、余裕をあげてくれ」

 岩田と大薗は同期である。

 「そうして頂けるとありがたいです。それから、岩田君のところへは私から顔を出します。こちらから伺うのが筋です」

 「そうか、どちらでもいいよ」

 小島は、大薗が出て行くと、早速岩田に電話した。

 話を聞いて、岩田は

 「わかりました。二日ほどして、大薗君に話してみます」

 「どういうふうに話す」

 「いやあ、検察はやらないというだけです。今のままなら、やれる状況じゃないですし、国税は一切絡んでないとでも言っておきますよ」

 「まあ、よしなに」

 電話を切った小島は、

 『これで終わってしまうのか』

 と感慨深げになった。もともとは、財務省キャリアの野中と国税庁職員なかんずく東京国税局の資料調査部の思惑が一致して、それを財務省事務次官の小島と国税庁長官の岩田が後押しして、やっと検察庁による立件までこぎつけそうになったというのに、外に漏れたことで、東京地検じゃ及び腰になっている。万事休すである。

 『だが、まてよ。これで止めるとなったら、検察庁はさらに痛手を被ることになる。検察庁は死に物狂いでうあるのではないか』

 そんな思いも、まだ胸のうちにあった。